専業主婦は楽に見えて意外と大変な仕事である

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専業主婦は大変だ、きっと世の中の多くの人達が考えるよりずっと。

以前、社会人に専業主婦は含まれない?という記事を書いた。当サイトの中でも、割とアクセスがあったで、きっとある程度の需要があるのだろう。

今は結婚したら幸せな訳ではないし、結婚してからの方が大変な人達もいる。

「結婚したら幸せ」という古臭いイメージが、それに取りつかれた人たちの嫉妬に繋がっている部分もあるのだろう。だからわざわざ「社会人じゃない」とか「専業主婦は楽だ」と言う、ないものねだりの様な声が出てくる。(最近は「結婚しなくても幸せな時代に結婚したい人がいる」というコピーが売れたように、少しは認識も変わってきているのかもしれないが)

インターネット上には、嫉妬や自尊心の為に「社会人」や「専業主婦」に対して好き勝手固定観念を押し付けている様な主張も多いし、私のようにあまり普通じゃない人の、ちょっと視点の違うものも必要だろう。

なので、再び専業主婦に関する記事を書いてみようと思う。

専業主婦は本当に楽なのか?

専業主婦と言っても、今の時代はいろいろなケースがあると思うが、今回は、夫の実家で暮らす子育て中の専業主婦を基準に考える。

専業主婦は、買い物や交友などを除けば殆ど家で過ごす場合が多いだろう。家事や育児もあり、あまり自由に出かけられる機会は少ない。

ここでは夫の実家暮らしを考えるが、夫の両親は基本的に他人だ。

よく嫁姑問題が話題にされることも多いが、仮に夫の両親が「普通に良い人」だったとしても、相当に気を遣うことになる。

家で過ごすとは言っても常に相手の両親のことを気にして立ち居振る舞わなければならないし、実は気が休まる時間がない。何か阻喪があれば文句を言われることもあるかもしれないし、日常の中で言われるちょっとした一言を気にしながら生活していたりする。

一日二日の話であればそこまで大した苦労にはならないのかもしれない。あるいは、会社のように毎日別の場所へ帰れるのであれば少しは楽かもしれない。

だが、それは毎日続く。夜も朝起きてもずっと継続している環境なのだ。

会社員や働いたことのある人なら、人間関係によるストレスが馬鹿にならないことはよく知っているだろう。

他人同士が一日いるだけでストレスが溜まるのに、それが一年中となるとそれがどれほどのものか想像出来るだろう。

実際、仕事を辞める理由の大半が「人間関係」であることも考えると、他人と過ごすことのストレスの大きさは影響は計り知れない。

つまり、家にいるからと言って本当に楽な訳ではなく、相手の両親との関係や、子育て、それに夫への不満まで重なるとそのストレスは相当なものになる。

彼女らの生活は世間が言うほど楽ではない。

非賃金労働を軽視しない方が良い

そもそも、日本に住む人たちは非賃金労働を軽視し過ぎだ。商品が売れるか売れないかというお金の動くことでしか物事の価値を図れないような視野の狭さには少し疑問が残る。

お店で料理を作れば仕事とみなされるが、家で料理を作っても仕事とは言われない。
介護施設で老人の世話を見れば仕事とみなされるが、家で介護をしても仕事とは言われない。
夜の店でサラリーマンの愚痴を聞いていれば仕事とみなされるが、家で旦那の愚痴を聞いても仕事とは言われない。

はっきり言ってどれも同じ労働だろう。どうしてお金が動くかどうかしか見えていないのだろうか?お金を稼ぐことを汚いことのように言いながら、お金でしか見れない汚さを持つ人たちがあまりにも目立つ。

お金が動かない場所でも、働いている人たちは数多くいるし、それによって助かっている人たちがいる。

実際、専業主婦の方が大変とか、社会人の方が大変とか、そういうくだらない意地の張り合いには興味がない。比較のしようがないし、無意味だ。

例えば料理一つにしても、家族の健康を真剣に考え、手をかけて毎日料理するのとそうでないのでは全く労力が異なるし、子育てに関しても無関心でいるかそうでないか、家事労働もどこまで力を入れるかで「大変さ」は変わってくる。

社会人だって、毎日勉強して新たな事業をどんどん立ち上げていくのと、ただ誰かの指示だけ聞いて就業時間が来るのを待っているのとでは大きく「大変さ」が異なる。

すぐ他者を馬鹿にして低い自尊心を満たそうとする人もいるが、こんなマウンティングには全く価値がない。

専業主婦にしろ、ボランティアに励む人にしろ、人の為に働く人たちをあまり軽視するべきではない。何かを馬鹿にするような考え方は、周り回って自分を苦しめることになる。

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