生徒が殴られても体罰なら、先生が殴られても体罰で許されるのか?

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体罰はただの暴力であって、決して認められるべきではない。

一方的な体罰の価値観

「相手の為を思って」という嘘を平気でつく大人がいるが、間に受けるべきではない。

あなたは、思っている相手を殴ったことがあるだろうか?普通は思っている相手のことなんて殴れない。

ムカついたり、支配したいと思うから殴るのだ。自分が上で相手がしたという上下関係があるから、それを示すために暴力を振るう。体罰だと言う人は、自分の思い通りにならない相手を、自分の思い通りに強制するために幼稚な暴力を振るってしまうのだ。

自分の思い通りにするためには、暴力も認められると言う歪んだ価値観を持っている。

生徒から先生への体罰

ここで、まったく逆のケースを考えてほしい。

監督が何らかのミスを犯したとき、その監督は選手に殴られても許されるだろうか?選手が監督を殴っても何も問題はないのだろうか?

ある選手が監督を殴ったとする。その選手は愛情を持って監督のためを思って殴ったのだ、だから何も問題はない。確かに暴力的かもしれない。でもそれは監督の為なのだ、横暴な監督はそのままだと苦労するだろうから、監督の為に生徒は殴ったにすぎない。

さて、多くの人はこれを「暴力だ」と考えるはずだ。

それでは、選手が監督に殴られたとき、はどうだろうか?当然、それは体罰ではなく「暴力」なのだ。

よく考えて欲しい。もし逆のことが起こったとき、それを容認できるかどうかを。特定の人間に都合よく植え付けられた「上下関係」という歪んだ屁理屈に惑わされていないかを。

体罰を受けた生徒が覚える暴力

暴力による安易な解決策を教育者が示してしまった場合、生徒にはどんな影響があるのだろうか?

「お前の為を思って」と暴力を振るわれた生徒は、「お前の為を思って」自分より立場の弱いものを暴力で支配することを覚える。

暴力による教育を行うのだから、暴力による問題解決を子供が覚えるのは当然だ。世の中の人々が暴力的な解決を覚えるのはハッキリ言って迷惑なので、教育者にはそこまで考えて行動してほしいものだ。

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