やりたいことがたくさんあるならマルチタスクをやめた方がいい―多動力とマルチタスク

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マルチタスクと多動力を混同している人が多いと思うのだが、これらは似て非なるものだ。

例えば「マルチタスクは良くない」と言うと、まるで「一つの会社で一つのことをしているのがいい」という意見として受け取られてしまうことがある。もちろん、それはまったく違う。

その数に限らず好きなだけ趣味をすればいいし、好きなだけ仕事をすればいい。マルチタスクを否定することはそういった多様な働き方を否定することとは異なるのだ。

マルチタスクとは、同時に何かをすること、いわゆる「ながら」行動であり、堀江貴文さんの提唱する多動力は一つ一つに「没頭」していくことだ。

実際に、多動力を提唱する彼もこの「没頭」というキーワードをよく使用している。
そして、没頭していることをマルチタスクでは出来ないのだ。

集中力のないマルチタスクと没頭する多動力

マルチタスクを簡単に説明すると、パソコンでプレゼンを作りながら頭では「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」と異なることを考えている状態のことだ。

体はパソコンの前にあるのに、頭では別のことを考えてしまっている。体と精神が別のところにあるのだ。それではいい仕事ができるわけないし、実際にマルチタスクと生産性の低さには相関があると言われている。

それに対して多動力では、「没頭」が条件となる。目の前のプログラミングに没頭しているときは、他のことを考える余裕なんてまったくないだろう。全力でそのことを考え続け、好きだからこそわき目もふらずに目の前の対象に集中する。
多動力は集中力を最大限に発揮することが条件なのだ。

もちろん多動力というからには、途中で興味が切り替わることもあるし、一日のうちに職業が何回も変わることだってあるだろう。飽きたらやめればいいし、「これは違うな」と気づけたならまた他のことをやればいい。

だが、それぞれの時間ではその職業に没頭していることを忘れてはいけないだろう。間違っても、プログラムを書きながら「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」なんて考えない。目の前の課題をどのように解決していくのかを全力で考えることが大切なのだ。

マルチタスクとは、まさに「何にも集中できていない」状態のことをさす。集中できなければ生産性が下がるのは当然で、下がった生産性によって効率が落ち仕事が溜まっていく。そうして残った仕事を見て「やらなきゃいけないことがたくさんある」という悪循環にハマるのだ。

多くのことをやりたいなら没頭する

マルチタスクは論理的にも経験的にもまずいものだと思うのだが、多動力は良いことだと思う。

つまり、一人の人が多動に仕事をこなすのは素晴らしいと思うが、集中力がなく余計なことを考えている状態は好ましくないということだ。

そもそも、集中しないで出来る仕事なんて大した仕事ではない。テレビを見ながら出来る仕事なんてそもそもやらないくていい仕事だ。それよりも重要で集中力のいる仕事をする方がよっぽど自分の為にも周りの為にもなるだろう。

実際、複数の仕事を同時にやっているときと、集中して一つずつそれらの仕事を終わらせていった場合ではかかる時間が倍くらい違う。夕方までかかっていた仕事が、午前中に終わってしまうのだ。だからこそ、結果的にもっと多くのことができる。

実際に集中して本を読むのと、マルチタスクに考え事をしながら本を読むことの両方を試してみるといい。きっと、考え事をしているときの読書では内容が全く頭の中に入ってこないハズだ。
そして、時間も忘れて読書に没頭しているときは、本の内容への理解もその速度も圧倒的に良いだろう。

多くのことをやりたいから「あれもこれも」と考えるのではなく、多くのことをやりたいからこそ「集中して一つずつ」向き合っていくことが大切なのだ。

もし多くのことを本当にやりたいのであれば、そういった集中力を身に付けることがその歩みを加速させてくれるはずだ。

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