「社会に出たらもっと大変」という言葉にどう反応するべきか?

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「社会に出たらもっと大変」と学生に威張ってしまう勘違いな大人がいるけど、あまり真に受けないでほしい。

どうしてそういうことを言うのかと言えば、結局その人が「そんな大変な生活している俺を認めてくれ」と承認欲求よろしく威張りたいだけだったり、その人にとっては「学校より会社の方が大変だった」という話に過ぎない。

実際には学校の方が辛いことも、忙しいことだってある。

自分の見てきた社会と現実と

実は「社会に出たら大変だ」とか「会社の方が格好より大変だ」とか、そう言った言葉にあまり根拠はない。

そもそも個人に認識できる社会なんてとても狭いものだし、他の人のこと、更には未来のことなんてわかるわけがない。

それにも関わらず何故そのような、ある種での決めつけは生まれてしまうのだろうか。それを考えると見えてくることがある。

きっと、その人は遊んで学生生活を過ごして、会社では良くない扱いを受けているのかもしれない。

学生時代は誰にも虐げられずに、あるいは誰かを虐げる側に回っていたから、特につらい思いをしていなかったのかもしれない。

誰かを傷つけることはあっても、自分が傷つけられることはなかったのかもしれない。

「その人」は本当に会社の方が大変だったのだ。

そう、これは社会を言い表しているのではなく自己紹介に近い。自分にとって経験的に大変だったから、他の人類全ても大変なはずだと、1つのケースを全体化して考えてしまっている。

あくまでケース1に過ぎない、「自分がそうだった」というだけで他人にも当てはめてしまう人は少なからずいる。あるいは、「誰かに言われた」というだけで思考することなく吹聴してしまう人まで存在する。

だからこのような言葉がよく聞く言葉として聞こえてくるのだ。

社会に出てしまった方が楽かもしれない

本当は、学生時代の方が辛いことも、忙しいこともある。そんな当たり前の想像力や、それを理解する知見が足りないのは、きっと外の世界を知らないから。

1つの学校とか、1つの会社とか、社会の1%にすら満たないローカルな環境しか知らないから、他も同じだと思い込んでしまう。

「学生時代にめちゃくちゃ努力して休む暇もなく活動していたから、大人になってからの方が自由な時間が増えた」人もいる。

「学生時代は合コンや飲み会ばっかりで楽だったけど、会社に入ったら上下関係やら残業やらでツライ」という人もいる。

それらは一般化できるものではなく、人それぞれ異なるもの。

「学校ではいじめや人間関係に悩み死ぬほどつらい思いをしていても、そこから出たら意外と面白かった」なんてことだってあるのだ。

もし今の自分の環境がとてもつらくて、その上会社はもっとひどい所だ。そんな風に未来に対して希望を失わないでほしい。きっとそれなりの生活をすることだって、気の合う仲間を見つけることだって出来るから。

家の外には、学校の外には、会社の外には、社会の中には、きっと悪くないと思える場所だってあるはずだ。

社会とは、1つの学校の1つのクラスを指している訳じゃない。

社会とは、1つの会社の1つのオフィスを指している訳じゃない。

しょうもないクラスもあれば、しょうもない会社もある。でも、楽しい学校だって、面白い会社だってある。

この社会は、広い。誰かの経験なんて比べ物にもならない程に。

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