社交性とは何か?社交性が低いと悩む前に知るべきこと

スポンサーリンク

 

「社交性」この言葉を聞いて、まず思い浮かべることはなんだろうか?

「話すのが上手い」
「聞くのが上手い」
「人前でも臆せず話せる」
「見知らぬ人とも仲良くなれる」

思い浮かんでくるのはそんなところだと思う。しかし、これらはコミュニケーション能力とは関係するかもしれないが、社交性とは少し異なる。

アドラーによると、社交性とは自分の主張を通し、相手を傷つけない能力のことだと言う。

つまり、話すのが上手くても、下手でも、社交性とはまた別の能力ということだ。

自分の主張を通し、相手を傷つけない

仮に人前で話すことが得意であっても、自分の主張を通すときに相手を傷つけるような人には社交性がないだろう。

聞き上手で無難に人と関われる人でも、自分の主張を通すことができないなら社交性がないだろう。

あなたと私という社会の中で、自分の主張をしっかりと表に出しながらも、相手を傷つけることなく協調できること。それこそがアドラーの言う社交性だと考えられる。

特に日本では、自分の主張を無理矢理押し通す人と、自分の主張を全くしない人に二分されているように思う。自分の主張ばかり我儘に押し通す独裁者と、それに不満を持ちながらもただただ冷たい目を向けるだけの人々。

殆どの人が「相手のことを考えて」自分の主張を通すという努力をしない。

如何に自分の主張を通そうかだとか、相手が嫌がらないかとか、そんなことさえ考えない場合もある。

社交性を身につけるには

社交性を身につけるには、主に2つの能力が必要だと思われる。

1.相手の立場や考えを想像する能力。
2.自らの主張を説明する能力。

相手を傷つけないためには、相手のことを考えられる能力が必須だ。相手の気持ちを考えず、自分のことばかりを優先させれば、そこに円滑な社会は作られない。誰かが虐げられるそれは社交性のかけらもない。

主張を通すためには、それを相手が納得するだけの言葉で説明しなければいけない。納得できる説明がなされなければ受け入れられることも難しい。その説明を省き強引に行けば相手を傷つける結果になってしまう。

つまり、相手のことを考え、自分のことも論理的に説明する能力を得れば、社交性は身に付けられるのだ。

話し方が上手い必要も、聞き上手である必要もない。

社交性がある人に溢れれば

社交性が高い人が増えれば、その社会はきっといい社会になるだろう。

誰かが傷つけられることも、自分の気持ちを押し殺して不満を抱き続ける人もいない。そう考えると、おもったより今の社会には社交性がある人がいないようにも思える。

誰かを傷つけてばかりの人や、いつまでも言いたいことさえ言えない人たちに溢れかえっているからだ。

相手の気持ちを考えることが増えれば、自分のその気持ちを言葉にする訓練をしていけば、社交性は少しずつでもよくなっていく。そして社交性を高めた人たちが作る社会も、少しずつ良くなっていくだろう。

スポンサーリンク