戦争責任者の問題の感想と現代語訳

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戦争責任者の問題という文章を知っているだろうか。これは今から50年ほど前の文章で、戦後に書かれたものだ。

そこに書かれていることを読んでまず最初に思ったのは、「今と変わらない」ということ。50年も昔の事のはずなのに、妙にリアリティがあるこの主張は、今の世間や大人たちに当てはまる。そしてその空恐ろしさに気付いた。

物が溢れ技術も発展し、働き方も大きく変わってきた今でさえ、人間は成長できていないのだという、厳しい現実を突きつけられたようだ。

この文章は著作権も切れており、表現的に古いものもあったため、なるべく本来の文章を大事にしつつ、今の人でも読みやすいように編集を加えた。なるべく多くの人に読んでほしいと思い、本記事の下に記載した。

今を生きる大人たちに是非、読んでみてほしい。

実際に80を過ぎたおばあさんに読んでもらったが、「世の中にこういう文を読む人が増えれば、変わってくるんだろうなあ」という感想をもらった。

きっと今も、ここまで考えている人はいない。

※目次のタイトルに触れると飛ぶことが出来る。未読の方は現代語訳だけでもいいので、是非読んで欲しい。

■目次
1. 感想
2. 戦争責任者の問題の現代語訳

感想

私たちは、つい誰かを悪者にしたがる。

「アイツが悪かった」

そう言って、責任も選択も全て誰かに押し付けて、まるで自分は関係がないかのように振舞う。でもそれは間違っていると、はっきり言わなければいけないと思う。

「戦争責任者の問題」は、既に著作権も切れた50年以上も昔の文章だ。

それほど昔に書かれたものでありながら、まさしく「今の国民や政治」に当てはまる恐ろしさも含んでおり、なるべく多くの人に読んでほしい作品である。

最近は戦争を経験した高齢者の方たちから「軍靴の足音が聞こえる」とか「戦前の雰囲気が漂っている」と言われていたが、まさにこのことだったのかと思い知らされた。

恐ろしいことに、今を生きているはずの国民の主張や姿勢は戦後から何も変わってはいないのだ。

しかし、今は「昔」とは違うことがある。それは科学力である。

今の科学力で本気で戦争を起こせば、地球は破壊されるだろう。天才と呼ばれる知識人たちは皆このように発言している。第三次世界大戦は起きないのではなく、起こせないのだ。それで終わってしまうから。

偉人であるアインシュタインを含む高度な科学者たちによる「ラッセル・アインシュタイン宣言」になぞって言えば、大都市が跡形もなく吹き飛ぶだけではなく、全面的な死滅が起こる恐れがある。

私たちは考え続けなければいけないのだろう。社会と関わっている自覚と社会を変えられる自信を持たなければいけないのだ。

「おかしいこと」を「おかしい」と言う。そんな当たり前のことを忘れてはならない。

後になってから「だまされた」と言えるような猶予は、きっと残されてはいないから。


 

以下には伊丹万作による戦争責任者の問題を現代語訳にしたもの載せた。是非読んでみてほしい。
この文章は基本的に原文のままだが、スマートフォンでも読みやすいように改行を加え、読みづらい部分に一部修正を加えたものである。※映画人連盟についての話はここでは割愛させてもらった

戦争責任者の問題の現代語訳

著者:伊丹万作

 最近、自由映画人連盟の人たちが映画界の戦争責任者を指摘し、その追放を主張しており主唱者の中には私の名前もまじっているということを聞いた。それがいつどのような形で発表されたのか、くわしいことはまだ聞いていないが、それを見た人たちが私のところに来て、あれはほんとうに君の意見かと聞くようになった。

そこでこの機会に、この問題に対する私のほんとうの意見を述べて立場を明らかにしておきたいと思うのであるが、実のところ、私にとって、近ごろこの問題ほどわかりにくい問題はない。考えれば考えるほどわからなくなる。そこで、わからないというのはどうわからないのか、それを述べて意見の代わりにしたいと思う。

 さて、多くの人が、今度の戦争で「だまされていた」という。みながみな口を揃えて「だまされていた」という。私の知っている範囲では「おれがだましたのだ」と言った人間はまだ一人もいない。

ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなってくる。多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はっきりしていると思っているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。

たとえば、民間のものは「軍や官にだまされた」と思っているが、軍や官の中へはいればみな上のほうをさして、「上からだまされた」というだろう。上のほうへ行けば、さらに「もっと上のほうからだまされた」というにきまっている。すると、最後にはたった一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。

すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かったにちがいないのである。しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間が誰かにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別の誰かをつかまえてだますというようなことを際限なく繰り返していたので、つまり日本人全体が夢中になって互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。

 このことは、戦争中の末端行政の現われ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といったような民間の組織がいかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである。

たとえば、最も手近な服装の問題にしても、ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないようなこっけいなことにしてしまったのは、政府でも官庁でもなく、むしろ国民自身だったのである。私のような病人は、ついに一度もあの醜い戦闘帽というものを持たずにすんだが、たまに外出するとき、普通のあり合わせの帽子をかぶって出ると、たちまち国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせたのは、だれでもない、親愛なる同胞諸君であったことを私は忘れない。

もともと、服装は、実用的要求に幾分かの美的要求が結合したものであって、思想的表現ではないのである。しかるに我が同胞諸君は、服装をもって唯一の思想的表現なりと勘違いしたか、そうでなかったら思想をカムフラージュする最も簡易な隠れ蓑としてそれを愛用したのであろう。

そしてたまたま服装をその本来の意味に扱っている人間を見ると、彼らは眉を逆立てて憤慨するか、ないしは、眉を逆立てる演技をして見せることによって、自分の立場の補強につとめていたのであろう。

 少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇ってくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といったように、我々が日常的な生活を営むうえにおいて嫌でも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であったということはいったい何を意味するのであろうか。

 いうまでもなく、これは無計画な癲狂(てんきょう/精神の錯乱した)戦争の必然の結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまったために他ならぬのである。

そして、もしも諸君がこの見解の正しさを承認するならば、同じ戦争の間、ほとんど全部の国民が相互にだまし合わなければ生きて行けなかった事実をも、等しく承認されるにちがいないと思う。

 しかし、それにもかかわらず、諸君は、依然として自分だけは「人をだまさなかった」と信じているのではないかと思う。

 そこで私は、試みに諸君にきいてみたい。「諸君は戦争中、ただの一度も自分の子にうそをつかなかったか」と。たとえ、はっきりうそを意識しないまでも、戦争中、一度もまちがったことを我が子に教えなかったと言いきれる親がはたしているだろうか。

 いたいけな子供たちは何も言いはしないが、もしも彼らが批判の眼を持っていたとしたら、彼らから見た世の大人たちは、一人のこらず戦争責任者に見えるにちがいないのである。

 もしも我々が、真に良心的に、かつ厳粛に考えるならば、戦争責任とは、そういうものであろうと思う。

 しかし、このような考え方は戦争中にだました人間の範囲を思考の中で実際の必要以上に拡張しすぎているのではないかという疑いが起る。

 ここで私はその疑いを解くかわりに、だました人間の範囲を最少限に見積ったらどういう結果になるかを考えてみたい。
 もちろんその場合は、ごく少数の人間のために、非常に多数の人間がだまされていたことになるわけであるが、はたしてそれによってだまされたものの責任が解消するであろうか。

 だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。

 しかも、だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。

 だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。我々は昔から「不明を謝す」(無知は罪のような)という一つの表現を持っている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばっていいこととは、されていないのである。

 もちろん、純理念としては知の問題は知の問題として終始すべきであって、そこに善悪の観念の交差する余地はないはずである。しかし、有機的生活体としての人間の行動を純理的に分析することはまず不可能といってよい。すなわち知の問題も人間の行動と結びついた瞬間に意志や感情をコンプレックスした複雑なものと変化する。これが「不明」という知的現象に善悪の批判が介在し得る所以である。

 また、もう一つ別の見方から考えると、いくらだますものがいても誰一人だまされるものがなかったとしたら今度のような戦争は成り立たなかったに違いないのである。

 つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとが揃わなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考える他はないのである。

 そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。

 このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかった事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかった事実とまったくその本質を等しくするものである。

 そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。

 それは少なくとも個人の尊厳の冒涜(ぼうとく)、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。

 我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの横暴を許した自分たちの罪を真剣に反省しなかったならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。

「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して真っ暗な不安を感じざるを得ない。

「だまされていた」といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによってだまされ始めているにちがいないのである。

 一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱せいじやくな自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。

 こうして私のような性質のものは、まず自己反省の方面に思考を奪われることが急であって、だました側の責任を追求する仕事には必ずしも同様の興味が持てないのである。

 こんなことをいえば、それは興味の問題ではないといってしかられるかもしれない。たしかにそれは興味の問題ではなく、もっとさし迫った、いやおうなしの政治問題にちがいない。
 しかし、それが政治問題であるということは、それ自体がすでにある限界を示すことである。

 すなわち、政治問題であるかぎりにおいて、この戦争責任の問題も、便宜的な一定の規準を定め、その線を境として一応形式的な区別をして行くより方法があるまい。つまり、問題の性質上、その内容的かつ徹底的なる解決は、あらかじめ最初から断念され、放棄されているのであって、残されているのは一種の便宜主義による解決だけだと思う。

便宜主義による解決の最も典型的な行き方は、人間による判断を一切省略して、その人の地位や職能によって判断する方法である。現在までに発表された数多くの公職追放者のほとんど全部はこの方法によって決定された。もちろん、そのよいわるいは問題ではない。ばかりでなく、あるいはこれが唯一の実際的方法かもしれない。

 しかし、それなら映画の場合もこれと同様に取り扱ったらいいではないか。しかもこの場合は、いじめたものといじめられたものの区別は実にはっきりしているのである。

 いうまでもなく、いじめたものは監督官庁であり、いじめられたものは業者である。これ以上に明白なるいかなる規準も存在しないと私は考える。

 しかるに、一部の人の主張するがごとく、業者の間からも、むりに戦争責任者を創作してお目にかけなければならぬとなると、その規準の置き方、そして、いったいだれが裁くかの問題、いずれもとうてい私にはわからないことばかりである。

 たとえば、自分の場合を例にとると、私は戦争に関係のある作品を一本も書いていない。けれどもそれは必ずしも私が確固たる反戦の信念を持ちつづけたためではなく、たまたま病身のため、そのような題材をつかむ機会に恵まれなかったり、その他諸種の偶然的なまわり合せの結果にすぎない。

 もちろん、私は本質的には熱心なる平和主義者である。しかし、そんなことがいまさら何の弁明になろう。戦争が始まってからのちの私は、ただ自国の勝つこと以外は何も望まなかった。そのためには何事でもしたいと思った。国が敗れることは同時に自分も自分の家族も死に絶えることだとかたく思いこんでいた。親友たちも、親戚も、隣人も、そして多くの貧しい同胞たちもすべて一緒に死ぬることだと信じていた。この馬鹿正直をわらう人はわらうがいい。

 このような私が、ただ偶然のなりゆきから一本の戦争映画も作らなかったというだけの理由で、どうして人を裁く側にまわる権利があろう。

 では、結局、だれがこの仕事をやればいいのか。それも私にはわからない。ただ一ついえることは、自分こそ、それに適当した人間だと思う人が出て行ってやるより仕方があるまいということだけである。

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