即戦力を求めながら帰属意識を求める矛盾

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今の会社では即戦力を求めていることが多い。それと同時に、一度入った人間には執拗に帰属意識を求め始める。だがそれは少し甘くはないだろうか。

即戦力と帰属意識

これらは相反するものだ。即戦力とはどこでも働くことが出来る独立した存在であり、1つの企業に依存する必要はない。帰属意識とはその集団の一員であるという認識だ。(そもそも帰属意識と言う言葉に私は懐疑的だが)これらをどちらも求めるのは我儘が過ぎるように思う。

即戦力として働くことが出来る人がいきなり帰属意識を持たなくてはならない理由とは何だろうか?

仮にまだ働く能力の少ない人が会社に入り、そこで育って戦力を得られるのであれば帰属意識を持つこともあるのかもしれないが、その労力さえ払うことはないようだ。なによりすでに働ける人が欲しい為、そのような時間はないと言う。

しかし、人を育成すること能力の出来ない企業にどうしたら帰属意識を持つことが出来るのだろうか。申し訳ないがまず無理だろう。能力がある人にとって、働くことが出来るならブラック企業でもない限り会社はどこでも良いのだ。

「帰属意識を持て」という言葉が出てしまう時点で、その会社は従業員にとって「働きやすい場所」ではないのだろう。その企業や集団に奉仕したいと思ってもらえていないのだ。だから求める。しかし求めては得ることは出来ない。

もちろん企業の為に働いてくれるようにすることも出来るだろう。それは一方的に欲しいものを求めるのではなく、働く側の欲しいものを与えることだ。精神論を求める前に働く人にとって働きやすい環境を作ることだ。

従業員にとって働きやすく、能力を獲得できるような場所であれば、そんなものを求めなくても自然と会社にとって利益となる行動をしてくれる。押し付けはむしろ逆の結果を作り出しやすい。一方的に帰属意識を求めれば面倒な会社と思われるだけだ。

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