就活生は何故仕事を選ぶことを死ぬほど悩むのか

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最近は就職活動中の学生、いわゆる「就活生」と話す機会が多い。幸い、私は年代を超えて話す相手に恵まれていると思う。昔から、基本的に上下関係のないような人間関係を持つことが出来ていた。

別に元気で人懐っこい子だったわけではない。愛想は悪いし、人との距離も基本的に近くない方だ。それでも、上下関係の様なものは作らなかったし、作ろうとする人からは距離を置いてきた。そうしていたら自然と、様々な人たちと関わることが出来た。

仕事選びが本当に悩ましい理由

そんな私が、今就職活動中の人達の話を聞くことが何度もあった。

悔しいことに、そんな就活生に対して仕事を見つけることのアドバイスが出来ない自分もいる。仕事観や社会に対しての意見などは持っているつもりだが、それはどちらかと言えば客観的で抽象的な考えであり、個人にそのまま当てはめられるかと言ったら少し難しい面がある。

それでも、悩む理由や原因と言うものは何となく想像がつく。大方、

「本当にやりたい仕事は何なのか?」
「仕事のやりがいとは?」
「これからずっと働く場所はどこにしたらいいのか?」

といったところだろう、と推察する。

しかし、こうして悩ませてしまう原因は本人たちにあるのではなく、我々大人にあるのだと思う。

「本当にやりたいことは何なんだ?」

就職活動をしている学生に決まってこういった聞き方をしてしまう大人が多い。みんなそうしているから。私が大学生だった時も、就職課の人達は決まってこう聞いてきた。
だが、そう言う大人の方は、「本当にやりたいこと」なんてわかっているのだろうか?今本当にやりたいことをやっているのだろうか?少なくとも「これが私の天職だ」という言葉を大人から直接聞いた(尚且つ信用できるもの)のは、ここ数年で一回だけだ。実のところ、何故仕事をしているかと言えばお金を稼いで生活費にするためだろう。あるいは他にやることがないという大人もいる。

一方で、次のような発言も彼らの「仕事選び」を大変なものにしていると感じる。

「社会人とはこういうものだ」
「仕事っていうのは大変なんだ」

息をするようにこういった発言をしてしまう人が大人にはいる。それは、自分たちをつい大きく見せたがってしまうそんな虚栄心のようなものだと思う。

この通りの発言ではなくても、自分のやっていることを「簡単で誰でも出来ること」だと思われたくないから、つい「大変なことをしている」って言いたくなってしまう節がある。恥かしながら私にもあった。仕事に関してではないが、何年も前に「本当はもっと大変なんだ」と言ってしまったことが。

はっきり言ってしまえば、これらは嘘だ。

仕事のやり方は個人が把握しきれない程多くあるし、社会で働く人たちは「こういうものだ」と一括りにできるものではない。むしろ大半の大人が「知らない社会人」の方が多いだろう。それでなくても今は「働き方改革」の真っ最中だ。在宅ワークから時短勤務、育休や副業規定の見直しなど、様々な場所で議論がなされ、そして先進的な企業は実践を始めている。だから「こういうものだ」という断定は、今を生きる労働者としてあまり賢い発言ではないのではないかと思う。

仕事が大変とは限らないし、やりがいがあるとも限らない。適性があれば意外と簡単にお金を稼げてしまうこともあるし、本当に何の面白みもない仕事もある。

だから、そんなに悩むのは「やりたいことがわからない自分」のせいじゃなく、仕事を「崇高なもの」だと思い込ませてしまった大人たちのせいだ。だから「わからない」ことで自分を責める必要はない。

仕事の選び方

私には「こういう風に仕事を決めればいいよ」と全ての人に言えるような素晴らしいアイディアが思い浮かばないので、いくつか思いつく仕事のやり方、こういった「仕事の選び方をしている人がいるよ」というものを書いておこうと思う。

1「やりたいことを仕事にしている人」

これが世間で理想とされているものだ。一番聞くが、一番見ることが少ないタイプ。
絵を描くのが好きな人が画家になって、その絵を欲しいと思う人がいて成り立つ。人の病気を治したいと思い、病気を治してほしい人がいて成り立つものだ。簡単に言えば、自分の「やりたいこと」と誰かの「やってほしいこと」が重なる必要がある。需要と供給というやつだ。

だから、やりたいことがお金になるとは限らない。仮に、私がいくら鳥の手羽先が好きで、手羽先を食べることにこれ以上ない情熱を持っていても、それがお金になることはないだろう。やりたいことを仕事として(ここでは生活費を稼ぐことという意味で)出来るかと言えば、必ずしもそうとはいかない。その反面、ビジネスと結びつきさえすればいくらでも可能だろう。

2「お金を稼ぐために仕事をしている人」

ここに当てはまる人が最も多い。生活をするためにお金を稼いだり、趣味を楽しむためにお金を稼いだり、家族の為にお金を稼いでいる人達だ。やりたいことを仕事以外で持っている人と言うことも出来る。私の父親は(本人から聞いたわけではないが)恐らくここに当てはまると思う。

毎日仕事をして、土日になると趣味に没頭する。ラジコン飛行機が趣味の父親は、金曜日の夜帰ってくると、そこから深夜まで飛行機を整備して、土曜日の早朝に飛行場へ飛ばしに行く。私が夜寝てから帰ってきて、私が朝起きる頃には趣味に出かけているようなことが日常茶飯事だった。そしてよく友人たちと食事へ出かける。

もちろん、「お金を稼ぐために仕事をして、やりたいこともない人」もいるだろう。

3「適性を仕事にしている人」

これは自分のスキルを用いてビジネスをしている人たちだ。
数字に強い人が会計士としてお金を稼いでいたり、人を引き付ける言葉を選び抜ける人がコピーライターとしてお金を稼いでいる。好き嫌いと言うよりは、「何が出来るか」「何が得意か」で仕事を選んでいる。もちろん、やり始めてから得意になったケースもあるだろう。いや、実際はその方が多いかもしれない。仕事を選ぶと言う意味で合理的な選択でもある。

おわりに

分かりやすい例は、上に挙げた3つだと思う。もちろんこれに縛られる必要は全くないし、何かヒントがあればそれはうまく利用してくれればいいと思う。

最後に、世の中には仕事を決められないだけで人生を終えてしまう決断をしてしまう人や、過労死をするまで無理して働いてしまう人がいるが、そこまで思いつめることはないと思う。

何十年もある人生の中で、たった数年や数カ月仕事をしていない時期があっても何の問題もない。もし入ってしまったところが人を食い潰すブラック企業だったら無理せず辞めればいい。何も悪いことじゃない。次はちゃんとした企業を見極めればいいだけの話だ。またダメだったら、また探そう。

人生の「一つの部分である仕事」を、上手く決められるように願っている。
その「たった一つの部分」にどこまでウエイトを置くのかは、自分に出来る範囲でいい。私は、死ぬほど思い悩む必要はないと思う。

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