目指したいものがあるなら-浪費と投資の考え方

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飲み代に3000円使うのに勉強に3000円使うのは勿体ない。正直言って、その考えが一番勿体ないと思う。

目指したいものがあって頑張っているつもりでも、結局去年の自分と何も変わらない、どこにも進むことが出来ないのを、運や努力のせいにしてしまう人も多いけど、結局この辺りの考え方を知らないことが原因だったりする。

浪費はするのに投資は勿体ない

最近思ったことがある。多くの人は、遊ぶ際に飲み代として3000円程度払い、その後のカラオケで数千円払うことには、あまり抵抗感を示さない。本当は少し勿体ないと思う人もいるのだろうが、結局は何度も繰り返してしまう。それでも、本を読むことや、運動をすることには1000円ですら払いたいとは思わない。

楽しめるのであればそれでいい。誰かが制限することでも文句を言うことでもないし、むしろたくさん遊んだ方が良いと思う。

それでも疑問に思うのが、そのお金を自分に投資することには全く興味を示さないことだ。

その一晩に使ってしまう5000円を勉強の為に使おうとすると、勿体ないと感じてしまう人がいる。口では、自分のやりたいこと、目指している物があると言うのに、そのためにお金を払う、投資することを躊躇してしまう。自分の目的や思いとは裏腹に、つい目先の物ばかりに気を取られて、本当に進みたい方向へは歩いて行かない。

確かに、目先の物はとても魅力的だ。有名なマシュマロ実験が示しているように、大抵の人は、将来の大きな利益よりも、目の前の小さな利益を選んでしまう。

「今、1つのマシュマロをあげるけど、15分食べずに我慢したらもう一つあげよう」

そう言われた被験者たちは、目の前の1つのマシュマロを食べてしまった。15分待てば2倍の利益を得られるのは明白だが、それにも関わらず目の前に提示された誘惑に負けてしまったのだ。

これは、目の前にある酒を飲み酔っ払うことにはお金を払えても、少し先にある成長や目標に向かって前進出来ることにはお金を払えないのと同じ心理だ。それを飲めばすぐに酔っぱらうことが出来るし、嫌なことも忘れて(少なくともその瞬間は)楽しむことが出来る。

だから、自分が本当に欲しいと思っているものや目指しているはずの場所を夢のままに、そこへたどり着くために投資することなく、目の前の物に時間もお金も浪費してしまう。結局、本当は欲しかった2つ目のマシュマロは手に入らない。

目指したいものがあるのなら

浪費と投資。ケチと節約。

これらは全く異なるものだが、あまり正確に認識されていないように感じることが多い。

浪費とは何の役にも立たないことにただお金を消費することを言う。
投資とはお金を必要なものに投じて利益を大きくすることを言う。

ケチは必要なものにお金を払わないことを言う。
節約は必要でないものにお金を払わないことを言う。

特にケチと節約は混同されがちだが、これらは真反対に位置する。他の重要なものにリソースを回すことが出来る節約は賢い選択だ。その反面、必要なものにお金をケチって困窮していくのは頭の悪い選択だ。

例えば、ケチでいると支払うべき価値のあるものを無料で済ませようとしてしまう。どうでもいいものには浪費するわりに、必要なものにお金を入れることが出来ないのだ。実際にそのような人たちを何人も見てきたが、その後その「無料のもの」が何かを成したのは見たことがなかった。どれだけの可能性を本人が持っていても、間違った方向に努力をして、必要なところにリソースを投じなければそれが成功することはない。

結局、投資するべきものに投資出来ていないのだ。余計なことにはお金を使い、前に進むためにはそれを出し惜しむ。

たまに浪費してもいいだろう。好きなだけ遊ぶのもいい。それでも、投資することを忘れてはいけない。普段から使っているそのたった一回の飲み代でもいいから、自分の為に使った方がい。

最後に、一つだけ覚えておいてほしいことがある。それは、投資は若いうちにした方がいいということだ。その投資した先の人生が長ければ長いほど、その投資した恩恵を大きく出来るから。

あなたの寿命が後10年だとしよう。
今から5年後に勉強を始めれば、勉強して能力を身に付けた自分として5年間しか生きられない。
今から勉強を始めれば、勉強して能力を身に付けた自分として10年間生きることが出来る。

どちらが有意義な時間を過ごすことが出来るかと言えば、後者の今から勉強を始めた方だ。早ければ早いほど、能力や知識を向上させた状態でより多くの時間を過ごすことが出来る。

何かやりたいことがあるのなら、目指すものがあるのなら、少しずつでもいいからそれを実現するために投資しよう。そして、それは可能な限り早い方が良い。

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