お客様はお客様

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お客様は神様ですか?

「お客様は神様です」というフレーズが受けたのか、昭和の時代からあらゆる場所でこの言葉が使われるようになった。

本来は相手を敬いその姿勢とサービスによって高い満足感を得てもらうための言葉だったのだが、いつしか「お客様によるお客様のための言葉」に成り下がった。

今では、お客様が自分のわがままを聞いてもらうための口実、あるいはお客様との窓口になる非正規で働く人を酷使するための言葉として使われ始めてしまったのだ。

そこにサービスするための精神は残っておらず、もはや誰かを従順にするために悪用されてると言ってもいい。

わがままを聞くことを強いられる店員さんたち

実際に、ただの「わがまま」を聞いてもらうために「お客様は神様だろ」と店員さんに怒鳴りこむような話を日常的に聞くようになった。

ただ話を聞いてもらうために神様にまでならなければいけない人望の無さに多少の同情もするが、それを理不尽にもぶつけられる店員さんの気持ちになれば堪ったものではない。どんな理不尽な要求も、断ることさえできず、きちんと「対応」しなければ、上司から文句を言われるのだから本当に救われない。

実際に接客業をしている人達に話を聞くと、「客という立場だけで失礼な口調で話されることがよくある」という。彼らはタメ口は当然で、そもそもケンカ腰だったり異様に見下されて接されることがあるのだ。

真っ当に考えれば、大人同士でそのような態度はありえない。教養がないにもほどがあるだろう。だが、横暴な「お客様」は、勘違いに相手を見下し、自分がどんなに失礼な態度を取っても許され、更には要求も通って当然だと思い込んでいる。

通常なら、失礼な態度を取れば要求は通らない。だが、社会的な立場の低さから断ることさえ許されていない人たちを作り出したこと、それを仕事だから仕方ないと根拠無しに容認する大人たち、そんな社会の歪みが、この文化を助長させていると考える。

本来は主張や要求に筋が通っていなければ断ればいいのだが、そんな判断すら任されていない人たちが被害を被っているのだ。

ただの人として

 
「お客様は神様だ」と言っても、彼らが全知全能の神であるわけではない(まさか本当にそう思っている人はいないだろう)。彼らも彼らが頭を下げさせている店員さんと同じ価値を持つ人間である。

世の理の全てを知っているわけでも、ましてや誰かより偉い訳でもない。だから「自称神様」の言葉を鵜呑みにする必要も、自分の精神をすり減らす必要もないはずだ。

理不尽な要求が通る社会ではいけないと思わないだろうか?店で働いてくれる従業員の精神に負荷をかけ、業務と関係のないサービスを過剰に求める人はもはや客ではない。

それを拒否できる判断は任せられるべきだろう。そもそも、取引とは対等な立場で行われるもので、上下関係は存在しないのだから。

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