「働かない方が良かった」と思わないために

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働かない方がよかった。
きっとそんな経験をした人は珍しくない。

くだらないパワハラやセクハラを受けた人。
人生を浪費してしまった人。
働いたことによって働けなくなってしまった人。
働いたことによって人生を終えてしまった人。

そんな人たちはきっと、働かなければ良かったと思っているだろう。

無駄な経験

日本の社会ではどこか経験信仰のような価値観がある。

その「経験」の質にはあまり言及されないわりに、「経験」自体を崇拝しているのだ。

実際に「石の上にも三年だ」とか「何事も経験だ」とか、何の根拠もなく経験さえすればいいかのような発言をする人も多い。(その多くは、誰かに嫌なことや面倒なことを押し付けるために利用されているのではないかと感じてしまうが)

しかし、本当になんでもかんでも闇雲に経験すればいいかといえばそうとは言えない。世の中には経験しない方がいいことだって山ほどある。

世の中には、何の役にも立たない、ただ時間を浪費するだけで何も得られないような経験がある。それどころか精神を浪費しその後の人生に悪影響を与えてしまうような経験すらある。

その貴重な時間を費やして、自己に投資すること、勉強をしたリ思いっきり遊んだり、何かスキルを身に付けたり、やれることがいくらでもあるのに、どうでもいいことに時間を奪われてしまう。

働かない方が良いこともある

まず、人を対等な人と認めないような環境で 仕事をする必要はない。

もしそんな環境を「経験」をしてしまえば、次の人達に非道な扱いをしてしまったり、あるいは今後真っ当な場所で働くことが難しくなってしまうかもしれない。

世の中には良いことと悪いことがあるように、経験にも経験した方がいい事と経験しない方がいいことがある。

だから何の根拠もなく ただいうことを聞かせるためだけの言葉には注意した方が良い。

変な経験をしたために、他のことに費やせたはずの時間をドブに捨ててしまい、その後の人生まで無駄にしてしまうことまである。

電通の24歳女性の過労自殺の件。
至る所で聞くパワハラやセクハラなどの低俗な差別。
くだらないマウンティングや 足の引っ張り合い。

もしその「経験」によって死んでしまっても、精神を病んでしまっても誰も責任を取ってくれない。

働かない方が良かったという経験は存在する。昔、そこで働く従業員が山の中のボス猿の機嫌を伺っているようなそんな環境があった。そんな場所で得られるのは、ごますりや愛想笑い位で、どれも私には必要なかった。

世の中には経験しなくていい事がある、だから人は選択するのだ。

自分がこれから何をするのか何をしていくのか。それも考えずに闇雲に経験をしたところで何の肥しにもならない。

どの経験が自分にとって本当に必要なのか、より人生を豊かにするためには何をすればいいのか、それを忘れない方がいい。

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