コミュニケーション能力がないと思っている人ほど他人の気持ちを感じ取る能力が高い

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自分のコミュニケーション能力に関して悩んでいる人は数多くいるだろう。

初対面の人と何を話していいのかわからなかったり、相手のことばかりを考えて自分の思っていることを伝えられなかったり、様々な人間関係の場で悩んでいる。

しかし、冷静にコミュニケーション能力のことを考えてみると、他人のことを考えることができる彼らの能力は決して悪いものではない。

自称のコミュニケーション能力

実は「自分はコミュニケーション能力がある」と思っている人ほど、他人の反応がわからずに話してしまう傾向がある。むしろ、過度に自らのコミュニケーション能力を過信している人ほど他人を傷つけていることに気付けないものだ。

自分の話が面白いと思っているから、もし相手が微妙な反応を見せ、心の中では早くその場から離れたいと思っていても気付くことができない。だから、自分の話を延々と続けることができるし、それで自分のコミュニケーション能力を過信してしまう。

かえってコミュニケーション能力に自信がない人というのは、相手の反応が気になってしまうタイプだろう。自分が何かを話しても、相手の反応がいまいちだったことにいち早く気づき、「この話つまらないのかな」と感じ取ってしまう。

だから話すのが億劫になってしまうし、相手に退屈な思いをさせないために自分のコミュニケーションに自信が持てなくなってしまう。
相手の気持ちがわかり過ぎるからこそ、人とコミュニケーションを取るのが大変なのだ。

コミュニケーションにおいて重要な社会的感受性の高さ

だが、他人とのコミュニケーションにおいてずっと大切なのは、相手の気持ちを察する能力、社会的感受性の高さの方だろう。人と人とが会話をするときに、何よりも大切なのがお互いの意思が尊重されていることだ。

相手が何を考えているのかを敏感に察知し、その気持ちを尊重して動くことができるのなら、十分以上に人とコミュニケーションをする能力がある。

むしろ、コミュニケーション能力が低い人というのは、他人の気持ちを蔑ろにし、自分の価値観を押し付けて優越感に浸ってしまう人のことだ。多くの人はコミュニケーション能力と上手く話すことを混同して考えるが、ただ雄弁に話しているだけでは、コミュニケーションが取れてるとは言えない。

相手が一人であれ集団であれ、その気持ちを大切にできる人は必要だ。そういう人が存在しなければ、それぞれが好き勝手に話しているような無秩序な場がすぐに生まれてしまうだろう。

あなたは、それぞれが好き勝手話しているような場を見て「この人たちはコミュニケーション能力が高いな」と思うだろうか?私はそうは思わない。むしろ彼らのその自己中心的な振る舞いを見て呆れるだろう。

他人の気持ちがわかる人

実はこの社会的感受性の高い人は、その人がいる集団に対して大きな貢献をする。実際、ある研究ではIQの高い人がいる集団よりも社会的感受性の高い人がいる集団の方が高いタスク処理能力を発揮することが明らかになっている。

単純な頭の良さや話のうまさよりも、そのチームの中で人の気持ちを察知してくれる人がいた方が集団が上手く周り、生産性までも上がるのだ。

実際に人と一緒に活動した経験がある人はわかるだろう。
その場に人の気持ちがわかる人がいるだけで、物事が円滑に進んでいくことがある。ちょっとした会議でも、友達付き合いでも、気持ちをわかってくれる人がいるだけで感情的に余裕が出てくる。それこそまさに社会的感受性の高さによるものなのだ。

相手の気持ちを感じることができるあなたの能力はとても重要なものだ。世の中の価値は、決して目立つものや独立した能力ばかりではない。他の人や何かと組み合わせることによってその力を発揮する能力もまた重要である。

不得意だと思う部分は知識で補えばいいし、それを自らの経験にしてしまえば大抵のことは何とかなるものだ。他人の気持ちを感じることができるその能力を大事にして、それが生かせるように学んでいけばいい。

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