メディアが人の考え方に与える影響

メディアの影響

人が言葉に支配されるという意味において、メディアによる影響は計り知れない。それはもはや教育であり、子供たちに対しても大きな影響力を持っている。

ロンドン大学のバッキンガム教授はメディアと教育に関して次のように語る。

 「今や子どもにとって大衆文化は、学校で教わることよりも、むしろ本物の文化なのです。学校の教育機関としての存在意義は薄れるばかりです。もはや教育は、学校だけでは完結しなくなっているのです」『メディアリテラシー―世界の現場から―』(岩波文庫)

メデイアが人の生活に大きく関わるようになった現代において、社会のことを学ぶ場は学校内だけではない。教育とは「学校で受けるもの」というような狭い認識の中に留まるものではないのだ。

日本の中では、教育に関する全ての責任を教師に押し付けるような風潮があるが、それが間違いであることに気付かなくてはいけないと思う。

人々に関わる全てのものが教育となり得るため、教師という職業を持たない大人たちも、そして大人が作り出す商品や社会も、無関係ではないはずだ。

作られるイメージ

実際、メデイアによって間違った情報や考えを真実だと思ってしまう人も多くいる。

テレビで「最近は物騒な事件が増えた」と言っていたら、実際の事件数は減少しているにも関わらず、本当に事件が増えているような気がしてしまう。

そうして、勘違いして「最近は物騒ですねえ」と世間話をする大人もたくさんいるだろう。どこかで聞いたような言葉を、無意識の内に発言している人も珍しくない。それを「自分の考え」だと思い込んでしまう人までいる。

メディアに触れる時間の長さ

統計からメディアの視聴時間を見ると、現代人は年代に関わらず1日に4時間以上メディアを見ていることがわかる。

年配層の統計を見ると、テレビの視聴時間が4時間と極端に長く、若年層はテレビ2時間ネット2時間とバランスを取り、その長い時間を割いていた情報の取得元を変えている。

巷ではスマートフォンの利用時間が伸びていることを嘆く傾向があるが、メディアに触れている時間は大して変わらない。(嘆いている情報元は大抵テレビであることを考えると、色々とわかることがあるかもしれない)

つまり大事なのは、人々は常に何らかの情報メディアに触れているこという事実の方だ。 

1日に4時間以上もメディアに触れている。数字で見るとかなり長い時間だと感じるだろう。毎日のように「時間がない」と言っている現代人の時間の貴重さから考えても、それは無視できる数字ではない。
  
このメディアというものも時代と共に形を変えていくものだが、その根本にあるものはあまり変わらない。

これらは全て人が作っているため間違った情報を得てしまうこともあれば、恣意的な考えを押し付けられることもある。大抵は、広告のように特定の誰かに都合がいい考え方だろう。

だからこそ、無批判に情報を受け取るのではなく、自らの判断で取捨選択ことが大事なのだ。