ひきこもりの就労支援という違和感

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ひきこもりに対する就労支援には大きな違和感がある。

なぜなら、彼らへの最初の支援のステップが「仕事の能力を身に付けること」や「就職先を見つけること」ではないと思うからだ。

まるで、働くことを避けている彼らを働かせようというような印象を受ける。

そもそも、彼らは「働きたくない」わけではないだろう。

誤解を恐れずに言えば、身の回りで「仕事」自体が嫌になった人にはあまり出会ったことがない。明らかに大変な仕事をしていても仕事自体が嫌だという話は意外と聞かないものだ。

もちろん「働きたくない」と言う人はいるが、正確に言えば「働く際の面倒な人間関係が嫌だから」働きたくないのだ。決して働くことや人の役に立つことが嫌なわけではない。

純粋に人の役に立てたら嬉しいと感じるだろう。他の人と同じだ。

これは誤解されがちな部分であると同時に、とても大事なことである。

実際にひきこもっている人に話を聞いてみると、職場で嫌な思いをしていることが多い。ひきこもりを「学校時代に不登校になって一度も働いたことがない人」という固定観念を持っている人も少なくないが、実際は正社員やアルバイトで働いた経験があることも多い。

何より彼らには常識があるから、働いていない自分に対して劣等感を抱いている。他の人が職を失ったときと同じように、お金を稼いでいない自分に対して劣等感を感じるのだ。

みんな仕事はやめたくない それはひきこもりも同じだったはずだ。

いま会社に勤めている人も「仕事は大変だ」と言いながらも仕事を辞めたくはないだろう。

彼らは苦労して勤め上げた年月や 今までの努力がなくなってしまうと考えるからだ。もし仕事を辞めれば今日からその人の肩書きはなく、立場も存在しなくなってしまう。

就職活動だって楽ではないはずだ。今その職を失ったら次に就職できるかもわからないだろう。

「それでも辞める」ということはやはりそれなりの理由があるのだ。

職を失って再び就職活動をしなければいけない状態になったとしても、それでも「そこにいたくない」何かがある。それ以上のマイナスがその職場にあるということだ。

人が仕事を辞める理由の多くは人間関係。これは日本だけではなくアメリカでも同じだという。

冒頭でも述べたが、仕事自体が嫌になる人はあまりいない。なぜならどんな仕事でも大抵は慣れればできるからだ。

もちろん過剰なプレッシャーやストレスによって制限され「出来ない」と思い込まされてしまわない限りは、だが。

そもそも誰にも出来ないような高度な仕事は 初めから取得難易度の高い資格などを要求されるし、普通に就職できる仕事では少ない。

どんな仕事でも素晴らしい上司が恵まれた同僚がいれば 仕事を辞めることはないのだ。

こんな当たり前のことを、多くの人は見て見ぬふりしている。原因があるのは去った人間で、残った人間だとは思いたくないからだ。

私はこの「職場の人間関係に悩まされ去った人」たちに対して、 単純にその場に引き戻すような支援は全くの無意味であると考える。

本当に必要なのは、まっとうな「人との関わり」への手助けだと思うからだ。

世の中には人を人とも思っていないような人間もいるが、それはこの世の中の全てではない。「相手を尊敬し対等に関わることができる人もいる」のだという事実を知らなくてはいけない。まずはそのことから、再び始めなくてはいけないのだと思う。

人との関わり方。

面倒な人との関わり方。

物事を断る方法。

人との適切な距離の取り方。

自分の主張を伝える方法。

一つの社会に縛られずに複数のコミュニティを持つ方法。

この世の中を生きていく上で学んだほうがいいことはたくさんある。残念なことにこれらのことは学校では教えてくれないから、そこで行き詰った人たちが割を食っているのが現状だ。

世の中で一人の人間として生きていく上で、自分らしく生きるためには、仕事のスキルよりも前にもっと学ぶべきことがあるのだ。

まず必要なのは「人とどう関わったらいいのか」それを再び学ぶことだと私は思う。

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