本当のコミュ障はこんな人―コミュ力がない人の特徴

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よく「自分はコミュ障だ」と卑下するような人がいるが、そんな彼らについて思うところがある。

あなたが考えるそれは、コミュニケーション障害という程のものではないよということだ。

確かに「本人」は、それで困っているかもしれない。話しかけたいのに話しかけられないとか。話が続かないとか、相手を楽しませるような会話が出来ないとか、自分のコミュニケーション能力に対して悩みを抱えているかもしれない。

でも、彼らは何も迷惑を掛けていないし、誰かを傷つけているわけでもない。別に話すのが下手だって問題ないと思う。

他人を不快にさせる真のコミュ障

それでは、本当にコミュニケーションに対して障害を持っている人とは、どういった人だろうか?

まず、他人を不愉快にさせたり、傷付けたりする人がここに該当する。言葉遣いが荒っぽかったり、他人を勘違いに見下したりするような人、あるいは自分を偉いと思い込んでしまっている人はその疑いが大いにある。

自称ではないガチのコミュ障とは次のような人たちだ。特徴をいくつかあげてみよう。

後輩だけど年上の人には敬語を使うべきか?とか考えてしまう人

丁寧に話しなよと思う。でもそれが理解できない人だ。

ため口か敬語かという極論ではなく、大人なのだから、丁寧に話せばいい。友達ではないのだから誰に対してだって適切な距離を取るべきだ。

そもそも、職場での立場は職務上必要だから決められているだけで、人間的な価値は変わらない。会社から一歩外に出れば、ただのおっさん(あるいはおばさん)だ。だから「どちらが上か」なんて妄想でしかないし、どちらも同じ人間でしかない。

つまり会社の外でまで関係を強要するのは間違っているし、仕事とプライベートの割り切りが出来ておらず、仕事としての認識が甘いと言わざるを得ない。

仕事は人生という大きな時間の中でたった一つの要素でしかないし、人間関係のすべてではない。それを勘違いして押し付けてしまう人は、周りの人を不愉快にさせ嫌われている。

それは円滑なコミュニケーションを阻害する。まさにコミュニケーション障害のひとつだ。

自分の考える常識を押し付ける人

常識は一つではない。自分の所属している集団の常識と、隣の集団の常識は異なるし、真反対の場合だってある。

それを、まるで絶対的な価値観のように外に持ち出して、他人にもその特異なコミュニケーションを押し付ける行為は迷惑だろう。

自分は「年寄りは絶対的に偉い」という価値観を持っていたとする、相手は「収入の多い人が偉い」という価値観を持っていたとする。この2人が価値観を押し付け合い始めたら大変だ。醜い言い争いが始まることは想像に難くない。

きっと「何でお前は俺に敬語を使わないんだ!」と失礼な言葉遣いで応酬し合うことになるだろう。

どうすればいいかと言えば、お互いに丁寧に話せばいいだけなのだが。

謎のアドバイザー

やたら他人の人生に対してアドバイスをしたがる人がいる。

「こうした方がいいよ」「あなたの為を思って」

そう言いながら自分の考えや理想を押し付ける。

人の人生にアドバイスをする時間があるのなら、もっと自分の人生を幸せなものにしたらどうだろうか?アドバイスが必要なのはむしろその人だろう。

起業の経験がないのに「起業する前に会社に10年務めて経験を積んだ方が良い」とかトンチンカンなことを言い、普段運動すらしないくせに「プロスポーツの世界は甘くない」と語る。

根拠はない。ただその人の頭の中ではそう思うからだ。もし、その人が数多くの起業家を生み出したコンサルタントであるならば聞く価値はあるだろうが、そうでないなら聞く必要はまずない。

そもそも、その人に専門性や信頼があれば相手の方から伺いに来る。聞かれてもないのにアドバイスを始めてしまう辺り、やはりコミュニケーションに難がある。

何故か相手を言い負かすことが目的の人

議論をする目的とはなんだろうか?それはより確からしいことを探すためだ。ディベートの概念もこれに当たる。

自分の主張を押し通すことではない。そもそも勝ち負けなんて関係ない。自分の主張でも相手の主張でも、あるいはまったく関係のなかった主張でも、それが確からしければ認めるべきだ。それはお互いの前進である。

失礼な物言いをして相手がいなくなったら「逃げた」と現実逃避をしてしまう人がいるが、それはあなたに興味を失っただけだ。失礼な人の相手なんてされるわけがない。

どれだけ泣きわめいてもお母さんは相手をしてくれたかもしれないが、他人はあなたの親ではない。「失礼な態度をとっても相手をして」なんて我儘は言うべきではないだろう。赤んぼうの様なライフスタイルから卒業した方が良い。

本当のコミュ障とは

ここまで読んでくれた読者はもう気づいているかもしれない。そう真のコミュ障は「自分のことをコミュ障だとは思っていない」。それどころか、「自分はコミュニケーション能力がある」だとか、「自分の話は面白い」とまで思っているかもしれない。

ここで上げたような特徴にもし該当するなら気を付けた方が良いかもしれない。治すことが出来れば誰かを不快にさせ、嫌われることも少なくなるだろう。

実際、面倒だと思われている人は正面切って言ってもらえる機会がない事が多い。なぜなら他人を大事にしない人は自分も大事にされない、だから誰も教えてくれないし、大抵の場合言われるのは本人のいないところでの陰口だけ。

表面上は愛想良く接してもらえるため、気付く機会さえ与えてもらえない場合が多いのだ。「俺の話を聞かないのは相手が悪いからだ」と考える人を諭してくれる人は、なかなかいない。

自分が「上手く話せないな」とか、「どうしたらもっと上手く伝えられるのだろうか」と考えることは健全な向上心であり、悪いものではない。

自分がコミュ力があると思っている人には気を付けてもらい、自分をコミュ障だと思っている人はもう少し自信を持ってほしいと思う。

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