小学生がアダルトサイトを見る時代に-ポルノ依存症と教育の必要性

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このタイトルは衝撃的かもしれない。しかし残念ながら事実である。性はタブーのように扱われているが、見て見ぬふりを続けていては、見えないところで悪化の一途を辿るだけだろう。

この手の話があまり得意ではない人にも配慮して、直接的な表現は避けて記事を書いたので安心して読んでほしい。

昔のポルノと現代のポルノ

思春期の子供が性に興味を持ち始めることに関して驚く人はきっといないだろう。むしろ自然なことだというのが一般的な認識ではないだろうか。

その年頃になると、そういう雑誌を見つけては皆で集まって一緒に見て…なんて思い出を語るおじさんもいる。個人的には人の内面は15歳も45歳も大して変わらないのだろうと思う。

当時のポルノといえば、友人間で雑誌をシェアする程度の物でそれだけで、依存する危険は少なく性的な行為に対する臨場感も少ない。その上お店でその手の商品を買うのは少し恥ずかしく、商品を手にする難易度も今と比べて高かっただろう。

だが、現状はそんな生易しいものではない。今はインターネットがありスマートフォンがあり、無料のアダルトサイトがある。ポルノに接することが異様なほど容易になってしまった。

子供がスマホでアダルトサイトを見ている

10年以上前の話だが、私が小学校高学年のときには、すでに性的な動画を見ている生徒が同級生にいた。中学1年が終わるころには、アダルトサイトを見たという生徒は爆発的に増えていた。

当時は携帯電話の普及途中であったし、ケータイを手にしたのは中学2、3年あるいは高校生になってからという生徒も多かった。インターネットもケータイ用サイトのみだ。

だから、まともにそういうサイトを利用しようとすれば、親のパソコンを使う等で工夫する必要があった。それでも多くの中学生が(一部の小学生も)ポルノを見ることが出来たのだ。残念ながらこれでも既に10年前の話である。

そして今はスマートフォンがある。ほぼ全ての人がインターネットを日々の生活で利用している。指先1つでどんなことでも調べることが出来て、あらゆる画像や映像まで見れてしまう。

そんな高性能なツールを小学生で既に手にしている場合が多い。なんと小学生の携帯・スマートフォン所持率は6割を超えたという。これが何を意味するかといえば、小学生でも簡単にポルノを見れてしまうということだ。

これは、大人がいくら隠そうとしたところで、子供の目に入ってしまうことを意味している。

むしろ「大人が見れるものは子供も見ている」と思った方が良い。

もしあなたに息子や娘がいるのであれば、この事実は知っておく必要があるだろう。

たとえ本当に過激なものでなくても、性的興奮を覚えさせるようなコンテンツはそこかしこに散らばっている。普通のサイトを訪れただけで、大人向けの漫画の広告が出てきた経験は誰でもあるのではないだろうか。それで不快な思いをした人もいるだろう。

Webサイトに限らずYoutubeでもニコニコ動画でも、それらのコンテンツは残念ながら多い。そしてそれは子供でも同じだ。私たちが日々目にしている広告は間違いなく子供の目に入る。

普通にインターネットを利用していて、わざわざ見ようとしなくても目に入ってくることがあるのだ。そして、性的なことに興味が芽生え始める年頃の子供にとってそれは十分以上に刺激的な存在となる。

見えずらいポルノ依存症の恐怖

ポルノ依存症(porn addiction)という言葉を聞いたことがあるだろうか。性依存症ともいう。

勘違いされがちだからはじめに付け加えて多くと、これは男性だけの問題ではない。あくまで依存症、脳の構造を変形させる問題であり、女性もポルノ依存症になる。

I was addicted to online porn」こちらのリンクは”私はオンラインポルノ依存症、日に6回も一人でする”というタイトルの英語記事だ。14歳の時にポルノにハマってしまい、7年間もの間苦しめられ、その状況をYoutubeを使い告白したという内容。そして勇気をもってポルノ依存だと告白した方は女性である。

女性のポルノ依存症を患っている人もいることはあまり知られていない。

インターネットポルノを見れば簡単に興奮が出来ることを脳が記憶し、ポルノを見るたびにドーパミンが出る。そしてより過激なものを求めてインターネットを彷徨うことになる。毎日のように異なる異性を見ることで、一人のパートナーでは満足できなくなる作用もあるという。

心理学者Gary Wilson氏によるTEDでの発表によると、「ほとんどの若者は10歳からネットでポルノを見る」そうだ。本当に子供の内からポルノに触れ、そして何の予備知識もないままハマってしまう現実がある。
参考:10歳からネットで“エロ”に触れる現代、ポルノ依存症の恐ろしい実態とは?

ポルノ依存は酒や煙草よりも厄介だ。酒も煙草もお金で購入する必要があり、決して安くはない買い物だ。だがポルノは無料で手に入り、欲しい時にいつでも見ることが出来る。そして異常な興奮と快楽をもたらす。これほど依存しやすいものはない。

インターネットを見ると、性依存に悩んだいる人に対して「自然なことだから大丈夫」「どんどんしても問題ないよ」「それが性犯罪を抑制している」だと根拠のない迷惑なアドバイスをしていることがあるが、これに耳を貸すのは危険だ。聞かない方が良い。

ポルノ依存は人生の貴重な時間を大きく奪い去る。ポルノを見るのをやめたいと思っても止められない。本当にやめたい、依存症から解放されたいと思ってもパソコンやスマートフォンに手が伸び、ネットサーフィンに2時間も3時間も費やす。その時間にできたはずの勉強や、運動、本当に好きな趣味、その可能性を全て台無しにしてしまう。

依存により失う時間や人間関係に対してその人は何の責任も負ってくれないだろう。貴重な時間を失うのは本人でしかないのだ。気力やコミュニティ、職を失ってもその先の人生を生きるのは本人以外の何者でもない。

性を隠そうとする大人とオープンな社会

そんな状況の現代においても、大人は子供に性的なことを隠そうとする。綺麗なことだけ子供に語りたがる。

だがそれは無意味だ。なぜなら、大人が見るものは子供も見ているから。

いくらオブラートに包んだとしても、性的なものを家や学校で見せないようにしても、子供はその枠の外でポルノに触れる。インターネットには性的な画像や動画で溢れているし、テレビでも下品な番組はいくらでもやっている。コンビニへ行くだけで卑猥な雑誌が普通に置いてあり、少年誌と題した雑誌の表紙は水着の女の子だ。

そこで得る知識は大抵の場合正しいものではない。隠したところで、社会の中で勝手な知識を得てくるというところまで考えたことはあるだろうか。隠すことの意味は何か、外から刺激的な情報だけを持ってくることの利点は何かあるのだろうか。私にはアダルト作品にハマり、アダルト産業が儲かることくらいしか思いつかない。

結局見るのであれば、なるべく正しい性知識を教育する方がよっぽど健全だと思う。むしろ不用意に隠すことによって、間違った知識を身に付けさせてしまっている現状は危険ですらある。

必要なのは向き合うこと

世の中は多くの誘惑で溢れている。そしてアダルト作品というものは偏っていたり過激すぎるものも多い。

「息子が最近アダルトサイトを見ているみたいで…」

親であればこのような経験をすることは珍しくないだろう。

そこで必要なことは、怒ることではない。怒ればあなたは相談相手から外されるだけだ。

だからといって、年ごろだから仕方ないと容認するのもよくない。その結果許されてしまったポルノ作品は、大事な子供の脳を蝕んでいくことだろう。

これだけは理解してほしい、性の教育をポルノビデオに任せてはいけない。あれは快楽を追求するものであってパートナーとの愛を学ぶものではない。

子供は自然と性知識を得ていく。テレビやインターネットに蔓延した過激なポルノから、面白半分で性的な談話を楽しむ友人達から。

だが、我たち大人はもっと真っ当な知識を与えられるはずだ。

愛から始めるのもいいし、避妊具の具体的な使い方でも、「本当に好きなになった相手とだけする行為だと」いうことを話してもいい。真正面から教えることによってまるで異なった性教育が行えるのではないだろうか。子供たちは今までと異なった知識を持てるのではないだろうか。

少なくとも、何の知識もなく10代からポルノ依存になってしまったり、間違った知識によってパートナーを傷つけてしまう危険性は減るだろう。

デリケートな問題だからこそ向き合う必要がある。大人たちが放置し続けた結果、残念ながらこの問題は社会に蔓延してしまった。そして無責任な発言が当たり前のように扱われている。しかしながらこの状態は異常であり、放置していいものではない。

人の人生を何年間も浪費させる危険があるこの依存症は、世間が考えるほど生易しいものではないのだ。

だからこそ愛という少し照れくさいようなことを本気で語る必要があるのだろう。

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