人から勧められた本は何故つまらないのか?

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人から勧められる本

私は本を読むのが好きで、週に2~3冊読むことも多いのだが、人から本を勧められるのはあまり好きではない。

そして私だけではなく、多くの人が人から本を勧められたことがあり、その本が面白くなかったということがあるだろう。

もしかしたら面白い本もあったかもしれないが、余程の幸運の持ち主でもない限り、つまらなかった本の感想をどうすればいいかと悩んだ経験の方が多いはずだ。

なぜなら、本というのは読み手によってその表情を変える性質があり、誰かにとっておもしろい本でも、他の人にとっては恐ろしく退屈な本にもなりえるからだ。

読み手の知識量や考え方、現在置かれている状況、趣向によっておもしろい本とそうでない本は大きく分かれるのだ。

つまらない本と面白い本

すでに知っていることばかりの本を読んでもちっとも面白くなく、読み進めることが困難な本を読んでも眠気を誘うくらいしか役に立たないだろう。

内容や着眼点が良いものでも、作者の文章力が乏しいために読むことがつまらない本もあります。

個人的な例を挙げるなら、自分で本を選ぶようになる以前に購入した本、学校や大人にお勧めされて買った本は、大抵つまらない物だった。

そのとき、私は本を読むのは好きではなかった。他人が良いと言っていた本は本当につまらなかったため、読書自体の楽しさを知ることが出来なかったのだ。

会社によっては、社員たちに本を読ませ、何を勘違いしたのかその感想文まで提出させているところがあるという。

感想と言っても書くべき内容はすでに決められていて、プライベートの時間を奪ってまで行うその効果は怪しいものだ。

先生にでもなったつもりなのかもしれないが、社員たちが提出する感想の内容は、社会が掲げている仕事観や上司を褒めるような当たり障りのないものでしかない。

もしその感想で「つまらなかった」「前からこのことは知っていた」なんて素直に言ってしまったら理不尽にも怒りをぶつけられるのだから当然だろう。

強制的に特定の本を読ませたところで、まともな感想なんて書けるわけがない。それぞれの知識量や価値観が違うのだから、本来は異なった感想が出てくる方が自然なのだ。

他人が求めているもの

基本的に、他人が持っている基準というものは絶対的なものではない。

だから、一冊の本を選ぶ場合でも大切なのは自分の基準だ。他人が読むのなら大切なのは確かに他人の基準だが、自分が読むのならそれを決められるのは自分しかいない。

せっかくの楽しい読書なのだから、その対象くらいは自分で選んだ方がいい。

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