AIと一緒に仕事をするという考え方

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AI に仕事を奪われるのか、AI と共に仕事をするのか。

テクノロジーが発展し、AIと言われる人工知能の技術が大きく進歩してきた。
計算能力も記憶能力も圧倒的に優れた機械に、人々は仕事を奪われるのではないかと危機を感じている。

人口が減少していく社会と無くなる仕事

これからの社会を語るのに、少子高齢化、人口減少を無視することは出来ない。世界的には逆に人口が増えすぎる社会を迎える(むしろ食料や水が足りなくなる懸念すらある)わけだが、日本という狭い視点で将来の環境を考えると、労働力がいなくなり、差さえなければならない世代が増えていく。

経済評論家の勝間和代さんが某番組で話されていたが、生産性が低いのに給料ばかりが多い世代の割合も増えるため、社会的にはかなり困窮していくことが予測されている。

2人で1人の老人を支えなければならないとか、将来的には1人で1人を肩車しなければいけないとまで言われている。既に、「自分一人生きていくだけでも大変なのに、誰かを肩車しながら生きられるわけがない」と、そんな悲観的な声が聞こえてくることも多い。
※2016年版高齢社会白書によると、2015年では2.3人。2060年では1.3人という数字が示されている。ちなみに1950年では12.1人だった。

また進歩し続けるテクノロジーも同様に懸念が多い。

革新的に進んだ科学技術により人に出来ることが増大し、今まで救うことが出来なかった人々も救えるようになるという前向きの期待もあるが、それ以上に最近の人々が考えていることは「AI に仕事を奪われる」「職業がなくなる」ということだ。

オックスフォード大学によると、今後10~20年で5割に及ぶ職業がAIによって自動化されるという。

今は就職活動で、ずっと勤め続けたい企業や、本当にやりたいことを求められている社会人、そしてそれに真面目に答えて考えている学生、あるいは新入社員たちも多いが、そもそも仕事自体が5割も減少する。当然、企業も同時に淘汰されていくだろう。

終身雇用だとか、少なくとも3年間は働くべきだとか、古臭い価値観は残るが、そんな幻想はお構いなしにこの現実はやってくる。むしろ今の時代に同じ仕事を永遠に続けることなど不可能に近い。

そうなってくると、やがては今の「機会の仕事を奪われる」という嘆きも現実化してくるのかもしれない。

現在の自由貿易やグローバリズムによって移民や途上国の外国人に仕事を奪われ、多くの人が職を失った。その結果、過激な発言をするトランプが大統領の座に就き、過剰にも思える移民排斥が支持されるように、将来はロボット排斥が叫ばれるようになるのだろうか。

AIやロボットと共に働く社会

このように、来る未来に対する懸念は数多くあり、どこか明るくはないような辛く無機質な印象は否めない。
だが、どこかの誰かが見立てた未来予想図を実現する必要は全くない。

私は、ロボットもAI も、一緒に支え合えばいいのではないかと思う。

無理して少ない若者で老人を支えなくても、AIも一緒になって、爺さん婆さんもロボットで補助されて一緒に支え合っていければいい。

補助を受ければ爺さん婆さんも無理なく働けるだろうし、彼ら自身が支え合う場に入ってくれれば、1人で1人を支えるような、ある意味でのお荷物的なイメージの悪さからも脱却できる。本人たちも、その方が気が楽だろう。一方的に支えられていたいと思う人なんていないだろうし、むしろ「迷惑を掛けたくない」という老人たちも多いだろうから。

そんな既存の価値観の外で社会を作ることが出来れば、特定の人に不利益を強いる社会から変われるのではないだろうか。

仕事が無くなるのも当たり前の話だ。この社会は完成されたものではないし、常に変化し続けている。まるで変ることが悪のように悲観する人もいるが、そもそも今の社会が「変化する必要がないほど今の社会は完璧」なわけがなく、むしろ完璧だっと思ってしまうのは人の傲慢ではないだろうか。

昔はケータイ電話すらなかったが、そのケータイ電話を作る仕事が出来た。それから何年もたってスマートフォンを作る仕事が出来て、スマートフォン用のアプリを作る仕事や、スマートフォン用の周辺機器を作る仕事が出来た。

時代に合わせて仕事が生まれ、また寿命を迎えていく。

仕事のために社会があるのではない。人のために仕事があるのだ。

その流れの中で仮に働けない人が出てきても、ベーシックインカムを導入すれば食いっぱぐれることもないし、定期的な収入があるから消費も安心して行えるだろう。

個人的には、AIさんと一緒に仕事がしたいと思っている。くだらないマウンティングも仕掛けてこないだろうし、仕事に集中できそうだ。

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