初めて投票した人にこそ気を付けて欲しいこと

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今回の解散によってたった一カ月の期間で総選挙が行われた。

この忙しい選挙で、初めての投票した人も、投票しなかった、見送ったという人もいると思う。

ちなみに筆者は投票率が高ければいいとか、とにかく投票に行けとは一切思っていない。まあ、あまり難しい話や政治の話もするつもりもないので、気楽に見てほしい。

スタンスは持たない方が良い

さて、一番に思うことは、自分のスタンスは決めない方がいいということだ。

もしここでスタンスを決めてしまえば、あなたの嫌いな「盲目で時代遅れな大人」になってしまう危険がある。

例えば、特定の政党を支持してしまったときに「この政党が言っていることが正しい。他は間違いだ」と決めつけてしまう。すると、支持している政党に不利なニュースがあれば、それに目を背け、有利なニュースのみ目にするようになる。

その人は「選ぶ側」にいるはずが、なぜか党の一員のような考え方に変化してしまうのだ。

これが進むと「この政党が正義だ。この政党以外は反日だ」と言った固定観念を持ってしまうことさえある。極端に思えるかもしれないが、このような人を目にしたことがあるだろう。残念なことにこの手の変なニュース記事も増えてしまった。

特に頭が悪いわけでもなく、政治に興味を持っていたような真面目な若者が、実際に上記のような言葉を発し始めることがある。

知っている若者が変容していくのを見て少し悲しくなったこともあった。スタンスを持つと人は盲目になるのだ。

下手に自分の立ち位置を決めてしまうと「自分が所属するグループが正しく、何があっても正しくて、敵は全て間違っている」と盲目的に思い込むようになる。そうなったら、もはや事実など関係ない。自らの支持する情報のみを摂取するようになり、信念にまでなってしまった固定観念に支配されてしまう。

まとめて書くと、スタンスの有無によって主に以下のような変化が訪れる。


・スタンスを固定化する場合

今回はAという政党に投票した。

Aという政党が不正を犯したことが発覚する。
➡「これは捏造だ。敵の策略にだまされるな」

次回の選挙
➡次もAという政党に投票しよう。

以下自らの政治信条とズレが発生してもループ…


・スタンスを持たない場合

今回はAという政党に投票した。

Aという政党が不正を犯した。
➡「これはあり得ない。これを許せば民主主義は維持できないだろう」
➡「これはまだ問題の本質ではないかもしれない。事実を探って様子をみることにしよう」

次回の選挙
➡次はAという政党に投票しよう。
➡次はBという政党に投票しよう。
➡次はCという政党に投票しよう。

以降は、政局や政党、政治家の変化を見ながら流動的に投票することになる


世の中は常に変化していくものだ。変わらないものなど存在しない。

政党の方向性が変化することもあれば、政治家も変わっていくし、もともと隠していたものが露呈することもある。自分の支持した人たちが、まるで別人に変ってしまうことなんていくらでもあるのだ。

それを知った時、自らの心に持つ「こういう社会がいいな」という信念とズレる場合がある。そのとき、それを認めて変化できるか、出来ないかは非常に大きな違いを産むだろう。前者は時代に適応した判断をし、後者は時代に取り残される判断をする。

何かを選ぶときは毎回よく考えた方が良い。失敗したっていいのだ。

一番の間違いは「一度ここを支持したし、周りの人にも言っちゃったから引き返せない」に他ならない。

誤りを認めるにはとてつもない勇気が必要だが、あなたなら出来るだろう。

自分の感性を大事にしてほしいと思う。どこに投票しても構わない。そのために情報は常に更新し続けてほしい。目をふさいでいるうちに社会は、あなたが望む社会とは反対の方向に進んでいるかもしれないから。

偏っているのは悪いわけではない

よく「偏向報道だ」とか「このニュースは偏っている」と叫ぶ声がある。

しかしその実態は、偏っている人本人が「偏っている」と発言していることが本当に多い。もちろん全てではないが、SNSやまとめ系ではその傾向が特に強いように感じる。もう少し詳しく考えよう。

まず何かを「偏っている」と思うのは「自らがニュートラルだと思う情報と異なった内容」だからである。

「この政党が正義だから、批判はあり得ない」という思想の持ち主にとって「ファクトに基づいた批判」は偏向報道になる。もちろん定義としては違うのだが、それで偏っていると発言してしまう。

だからネット上では上記の「自分がニュートラルだと思わない」だけで偏向だと言ってしまうコメントがあまりにも多いのだ。意味を紐解けば「他の意見は認めない」ということだが、それはおかしい。

「偏っている=悪い」という簡単な図式は非常に危険だ。この言葉にも惑わされないよう気を付ける必要があると思う。

そもそも公正中立な情報など存在しない。

偏っていていい。それよりも、偏っているという自覚の方が大切なのだ。「私は平和に偏っている」でも、「私は金もうけに偏っている」でも何でもいいが、自らを客観的に見る目もある程度必要だ。

もう一つ偏りに対して言及しなければいけないことがある。自分が利用するメディアも偏っていることを認めないといけないということだ。

新聞も、最近はずいぶんとスタンスを示すようになった。「あの新聞は偏ってるがここは安全」なわけがない。新聞社によって政権の支持率が全く異なっていたことは記憶に新しく、驚くことに一桁から9割近くまで支持率の開きを見せたのだが、どう考えても信用できない。

複数の異なる傾向のメディアを利用し「ここは権力寄りだが、この辺りの記事は良くまとまっている傾向がある」とか「権力に屈せずに的確な批判が係れているが、ここ部分はいまいち」とか、偏りを見越して読むことが理想だろう。

それが面倒だと言うのは、よくわかる。だが頭の片隅に入れておくだけで随分違うはずだ。

投票に行けばいいわけではない

投票率が低いことを問題だと言う人がたくさんいる。それは、その通りだと思う。

みんなが投票に行かなければ、どのように政治家が振舞おうと、どのような野望を持とうと、不正を働こうと、そんなものとは関係なく組織票だけで結果が決められてしまう恐れがあるからだ。

それが民主主義の在り方として適切なのかと言えば、そう答える人はあまりいないだろう。

しかしながら、投票率が上がればいいとは思わない。特に、選挙の直前になって投票を促すような行為にはうんざりすることも多い。

普段から政治や社会に対して興味を持っていないのに、直前になって情報を求めたところで極端な思考のサイトやファイクニュースにひっかかってしまうのがおちだからだ。

興味を持つのは良いと思う。投票に行くのも良いと思う。しかし適切な投票は選挙直前に行うものではなく日頃の社会への関心がもたらすもののはずだ。

政治を知らない大人と騙されやすい若者

今の投票率のような話題になると、最近ではほぼ確実にと言ってもいいくらい若者の投票率とか、若者の政治の関心の話になる。

ここでひとつ大きな誤解がある。それは大人だからって政治に興味があるわけでも、まっとうな判断ができるわけでもないと言うことだ。

テレビや、新聞、ネット記事を鵜呑みにしてしまう大人も、残念なことにたくさんいるし、まとめサイトとニュースサイトの区別すらつかないような人までいる。

それらの情報に惑わされて怒ったり、鼓舞されたりと感情的な投票行動に出ている大人たちもいるのが現実だ。

別に大人も若い人と大して変わらない。投票率の差は、もしかしたら組織票の差程度なのかもしれない。大人の方が会社や組合、地元の会などのコミュニティに所属していることが多いから。

それに、大人たちも「自分が投票しても変わらない」と思っている。だからこの投票率なのだが、これはあまり見られていない側面だろう。

私は若者の可能性を応援することも多いが、しかし、残念なことに若い人ほどメディアに影響されやすいというデータもある。だから選択を繰り返すごとによく考えてほしい。

実際、変容していった若者がシェアするリンク先を調べてみたことがある。そういったサイトの記事のラインナップを調べるとその理由がよくわかった。記事の一覧を見ると明らかに正義を意識させヘイトを募らせるような記事ばかりなのだが、デザインはよくあるニュースサイトの体裁を保っていた。

これを「ちゃんとしたニュースの情報」「みんなが思っている事」だと勘違いしてしまえば、簡単に若者は悪意にハマっていくだろう。まじめに政治に興味を持とうとする意識の高い若者ほど、正義という悪意に染まりやすいものだ。

選択するのは人と合わせることじゃない

「誰かがこう言ってた」

「記事にこう書いてあった」

「Twitterでみんな言ってる」

そんなものに惑わされることはない。自分で選べばいい。正解など存在しないのだから、まるで正解があるかのような幻想に騙されないでほしい。

今回、スタンスを持たないこと、公正中立な情報は存在せず偏っていること、投票に行けばいいわけではないこと、政治がわかっている世代などいないことなど、常識的な選挙指南とは全く別の視点から考えてみた。

政策の見方がどうだとか、そういった記事は沢山あるが、それが本当に役立っているのか私にはよくわからない。別に見方や争点なんて自分で持てばいい。

今後の選択に、選挙に関わらずあなたが何かを選択する時に、この記事が何か少しでも力になれたら嬉しく思う。

あなたにあなたらしい基準を元に選択を続けてほしい、そんな私の偏った願望を最後に添えて、この記事を終わりにしよう。

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