苦労は買ってでもしない方が良い

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苦労は買ってでもしろと言う人がいる。

しかし大抵の場合その本人は面倒な仕事を他人に押し付ける。少なくとも自ら苦労を買って出るタイプではないことが多いと感じる。

苦労の先にあるものは

苦労を買ってまでする意味はない。そもそも、苦労や余計な時間を使わないためにお金を払うものだ。家まで歩く苦労をしないためにお金を払って電車で帰るのに、金を払ってまで歩いて帰る人はいないだろう。

何のためにわざわざ苦労を買うのだろう?

成長という曖昧な概念のためか?

あいにくだが、苦労したら良い人になるわけではない。劣悪な環境で教育も受けさせずに幼少期を過ごすのことはとんでもない苦労かもしれないが、その後素晴らしい人生が待っているケースは残念ながら少ない。

統計的に見れば、苦労している人はその先も苦労し続ける事が多いと言わなくてはならないだろう。

人に強いられた苦労を他人に押し付けるようにまでなってしまうこともある。パワハラが常態化した会社で苦労すれば、その従業員はパワハラを日常的に行う面倒な人間を育てることになるだろう。

怒鳴られてられてきた子供が学ぶことは他人を怒鳴ることだ。残念なことに、子供が覚えているのは言われた言葉ではなく相手のその振る舞いだ。つまり、過去の苦労によって何らかの問題が出てしまう恐れの方がよっぽど大きい。

むしろ変な苦労をさせず愛情を受けてまっすぐ育った子の方が人間的に付き合いやすかったりする。人は自分がされてきた行いを他人に返そうとするものだ。

余計な苦労はしなくていい

苦労はすればいいというものではない。もちろん苦労を買いたいなら止めないし、勝手に買って苦労すればいい。だが自分がした苦労を他人にまで押し付けるのだけはやめた方が良い。

「苦労は勝手でもしろ」という言葉が使われるケースは、自ら何かを負うのときではなく「他人に苦労を負わせようと」しているということをまた忘れてはいけないだろう。

つまり相手に不利を強いるための言い訳の様な言葉だ。もはやこれに価値があるとは思えない。苦労しないために何かを買うべきだ。それが教養でも能力でも、無駄なプロセスを短縮するためでも。

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