ゆとりと言われるのが嫌な若者たちへ

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テレビでゆとりと言われている芸能人を見て思った。ゆとりと言われるのはやっぱり嫌なんだろうなと。若い世代の中には、そういった言葉に嫌な思いをさせられたりイライラした経験がある人も多いのではないだろうか。

「最近の若者は」というよくわからない言葉。

私自身は年齢に価値を置いていないため言うことも聞くこともないが、友人や他の若い人たちがくだらない差別を受けているのを見るのは気分が悪い。
レッテル張りという特定の価値観を全体化してしまい、考えることを放棄する大人たちに対して情けないとすら思う。

定義の曖昧な最近の若者

そもそもおじさんの言う「最近」の「若者」とは何を指しているのかいまいちわからない。

「最近」とはいつのことだろうか?ここ2~3年か、あるいは10年前までか、あるいは平成に入ってからのことか?

「若者」とは誰のことだろうか?自分が関わっている若者か?町ですれ違うだけの若者か、テレビで演出されている若者か?

言葉を分解してみると、「最近の若者」という言葉があまりに曖昧で中身が無いことに気づく。何かを言っているようで実は何も言っていない。

結局は「俺はなんとなくそんな気がしている」という意見でしかないのだ。

これは他の最近は~とよく言われていることにも言える。

例えば「最近は凶悪犯罪が増えた」ということを主張する人がいる。だがこれも事実とかけ離れている。

昔は殺人事件の年間被害者数も今と比べてずっと多かった。厚生労働省の調査によると戦後の1955年はピークで2000人以上、1980年中盤までは1000人以上をキープしていた。しかし2012年には383人まで減少している。テレビのイメージでは凄惨な事件が多い印象を受けるが、実際の被害者数は8分の1にまで減少しているのだ。

こうしたデータから言えることは、凶悪犯罪が増えたのではなく、「最近は凶悪犯罪の報道が増えた」がより正確なのだ。他にも、テレビの高画質化やリアリティを感じさせる能力の向上など副次的な関係もあるだろう。

結局これも「俺は最近酷いニュースをよく見るから、凶悪犯罪が増えたような気がする」という意見でしかないことがわかる。

これだけは学んでほしいことがある。根拠のない言葉を鵜呑みにすることはないということだ。

新しい世代の人たちへ

悪い称号を付けることが良い結果を生むとは考えられないし、都合のいいレッテル張りには色々と思うことはあると思うが、あまり気にしないでほしい。

無知であるほどわからないものにレッテルを張ってしまい現実を見れないものだ。

少なくとも私の周りにいる若い子たちは、何かを教えれば頑張って覚えてくれるし、人の気持ちを考えられる優しい子たちが多い。

85歳になる婆さんも、「最近の若い人たちはよく考えているし、社会のブラック企業とか貧困とか社会の多くの問題に触れて現実を見ている。彼らがもっと世の中をよくしていく」と希望を持っている。私はこういういい言葉も届けられたらいいなと思う。

人間というのはいつの時代になっても変われていないのではないかと最近思う。「最近の若者は~」という内容の話は古い時代からあり、今その言葉を発している人たちも言われて悔しかったことを繰り返しているに過ぎない。部活で1年生の時に虐げられていた生徒が、3年生になって威張りだしているだけなのだ。

結局技術や文献が蓄積した上に我々がいるだけで、あまり人間自体の本質的な進歩は感じることはできない。

だが、忘れないでほしい。若いあなたたちは時代の最先端にいる。古い世代が同じ年の頃にできなかったこと、知らなかったことをあなたたちはすでに持っている。

そしてあなたより若い人はあなたが大人になってから知った知識、触れた技術を子供の頃から触れることになるだろう。そこに敬意こそあっても何の根拠もなく威張る傲慢さなど要らない。

誰もが時間と共に上の世代になる。最近の若者はと言われていた世代が今の上の世代なのだ。

過去の失敗を繰り返す必要はない。大事なのは「自分たちが若いころはこうしてきたと」くだらない経験を押し付けないことだ。それは人を不愉快にさせるだけで何も生み出さない。悪いものを受け継ぐ必要は全くない。

くだらないことを繰り返していくよりも、悪いふ振舞いは反面教師にして、これからの新しい時代に何かできるのか、一緒に考えていこう。

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