社会人に専業主婦は含まれない?含まれる必要もない理由

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日本では社会人という言葉が様々な意味で使われている。

「社会人とは~こうあるべきだ」
「社会人の常識は~である」
「社会人は学生とは違って~だ」

一部の大人が好んで使うこの言葉の定義とは一体何なのだろうか?

社会に関わっている人達

社会人という言葉の定義をシンプルに考えれば「社会に関わる人」と言えるだろう。「社会の中で何らかの役割を担いそれに影響を与える人」とも言うことも出来る。

しかしその定義から考えると、社会人というテーマでしばしば「含まれない」とされてしまう専業主婦の方たちも社会人に含まれる。

お金を生み出していないとか、経済に関わっていないとか、常識がないとかいう視野の狭い意見にさらされることのある専業主婦らも、上記の定義では社会人に含まれるのだ。そもそも社会に関わってないなんて世迷言はありえないと言ってもいい。

ここで、専業主婦を、毎日家事を行いながら子育てに奮闘している母親と仮定しよう。
核家族のため、1人で多くの仕事をこなさなければならない。彼女は1人の人間を守り、育てている。そして十年以上にも及ぶ努力の末、人を世の中へ送り出す。また家という資本の管理、維持を行い、家庭の会計を担っている。

経済の中でよく知られている言葉といえばGDPだ。国の経済力の比較でもよく使われるこの言葉を聞いたことがない人はいないだろう。
イギリスの経済学者、アンガス・マディソンによると、このGDPを長期的な視点で見た場合、最も相関がある指数は人口であるという。

そして経済に影響を与えるこの人口とは、どうやって増えるだろうか。

そう、それは母親が子供を生むことだ。

母親が子供を産むことで人口が増える。人口は経済に大きな影響を与える。つまり子育ては経済に対して大きな影響を与えているのだ。

人は他の生物と違って完全な状態では生まれてこない。成熟した、いわゆる大人になるまでに非常に時間がかかる生き物だ。そんな非常に手のかかる人の子を育て、世の中に送り出す彼女らが、社会に貢献していない理由なんてどこにあるのだろうか

それは社会や経済、一つの家族にとっても、間違いなく貢献している。

少子化に対応しきれず経済も低迷している今の状況でどうしてこんな不合理な考えが蔓延しているのか理解できないが。そうやって次世代を育てるという大人の役割を軽視した結果が今の経済停滞を引き起こしているのではないだろうか。

若者の少ない国の経済は落ち込んでいく。土地や資産の価値も上がることはなく、生産性の高い世代が少ない国が成長することは困難だ。

もちろん子供を産まない(それは選択かもしれないし身体的な事情かもしれない)人たちが社会に関わっていないというわけではない。男性の専業主夫もいるだろう。

その人たちも他の方法(家庭の管理でも、人の子育ての支援をすることでも)で社会に関わっているし、またいくらでも関わることができる。ここでは誰が凄くて誰がそうでないかという否定的な話をするつもりはないので、付け足しておく。

会社人という意味で使われる「社会人」

なぜこの言葉が問題だと記事にしたのかというと、この言葉が否定的な、あるいは差別的な意味合いで使われる側面があるからだ。

それは短期的なGDPを上げるために権力者によってかもしれないし、他者を押し下げ自己肯定感を上げるために正社員からアルバイトや非正規に対してかもしれない。

常に発言者の思惑に左右されてしまうような都合のいい言葉として使われる。

社会人という言葉を否定的な意味で使われた人は、その言葉によって、まるで社会と関わってないような錯覚を受けることもあるだろう。

しかし社会人という言葉が使われる多くのケースを分析してみると、それは会社人という言葉に置き換えれる場合がほとんどであることが見えてくる。

「これは会社に勤めている人の常識。だからお金を稼ぐ」それなら合点がいく。稼がない会社は存続できない。

「あなたは会社に勤めてないから会社人じゃない」それはそうだろう。

世の中で使われる多くの社会人という言葉は、会社人、つまり会社で働く人のこと(またはそこでの考え方など)を指しているのだ。少なくとも会社で働いている人という意味合いが適切である場合は、それを使うべきだろう。会社人のほかにも組織人、ワーカー(worker)という言い方でもいい。

別に正しい日本語がどうとかそんな話は全くするつもりはない。だが言葉の意味を明確にすることで、曖昧な問題がシンプルでわかりやすくなる。

例えば
会社人じゃないといえば、確かに会社に勤めてはいないと言えるし、ビジネスをしていないといえば、確かにビジネスをしてないと言える。

この世の中には非賃金労働というものがある。専業主婦の仕事はまさにそれなのだ。

しかし、社会人ではない、と言われた場合はどうだろうか?違和感を感じないだろうか。

この定義の曖昧な「社会人」という言葉を使ってしまうと、間違いなく社会と関わっているはずなのに、なぜか社会から疎外されたことになる錯覚を覚える。

前述のように主婦の方も社会と関わっているし、大きな視野で見れば、学生の方も常にその時代の最新の学問を学び社会に貢献していき、彼らが存在することによって歴史や技術が受け継がれている。当然教育に関する経済も動く。

同様に社会人とは違うと言われる学生も社会の一部だ。そもそも学問を学ぶ学生がいない国は滅びるだろう。そしてそれは社会の中で既に役割を担っているという意味でもある。

専業主婦は社会に関わっているか

なぜこの問いには簡単に答えが出ないのか、それはこの言葉が人によって定義の変わる使い手に取って非常に都合のいい言葉だからだ。
そんな人によって意味の異なる言葉を使ってはいつまでたっても答えは出ないだろう。

ここまでの話でわかるように、会社人という意味の社会人に含まれている必要は全くない。そんな意味の「社会人」である必要などないのだ。

そもそも「○○は社会人ではない」なんて言葉は、「会社=社会になってしまっている視野の狭すぎる人の個人的な意見」に過ぎない。そんなものに含まれる必要は最初からない。

だから問いを変えてこの話を終わりにしよう。専業主婦は社会に関わっているか?これは間違いなくYESだ。

家事労働や非賃金で働いている方も間違いなく社会と関わっている。社会の一員だ。

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