机に向かわずに英語を学ぶ方法

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「英語の勉強を続けているけど、普段使う機会がない」
「勉強だけを続けていくことにモチベーションが上がらない」
そんな人も多いのではないだろうか。

勿論ただ勉強していくことが楽しいという人もいるかもしれないが、そうでない(恐らく多くの)人にとっては、勉強だけではモチベーションを保つのが厳しい時もある。そんなとき、1つの単純な解決策がある。

楽しんでしまえばいい。いや、いっそ遊んでしまおう。

生活の中で学ぶ英語

「え?遊ぶなんてそんな」「いやいや遊んでるだけじゃ…」とついつい脊髄反射的な言葉が出てくるかもしれない。だがこの楽しんでしまうという方法にはいくつかの理由がある。

そもそも私たちはどうして日本語を自由に扱えるのだろうか。扱うどころか言葉に行動を縛られることがあるくらいに沁みついている。それはなぜなのか?

我々は、幼少期から数え切れないほど親や友達の会話を聞き、テレビやインターネットなどのメディアで様々な記事やドラマ、映画をみて、ちょっとした遊びの中でさえも、「楽しい」だとか「つまんない」とか「痛い」とか、多くの感情や感覚と共に言葉に囲まれてきた。
自然な過程の中で言葉が感情や実際のイメージと繫がっているのだ。

料理名を聞いただけで「おいしそうだなー」と思い唾を飲んだり、大けがをした友人の話を聞いただけで「痛い、痛い、もうやめて」とそのケガをリアルに想像してしまった経験はないだろうか?
また、小説を読んでいて文章だけでその世界を体験しているような感覚を得たことのある人もいるだろう。

そう、言語というのは感情やイメージと密接に結びついているのだ。

そして日本語ネイティブである私たちはその言語の経験値が圧倒的に多い。言葉は文化と密接に関わっている。訳すと同じ言葉(とされているもの)でも、それに対するイメージが異なることがある。ただ日本語から英語に訳すだけでは伝わらないことがあるのもそのためだ。

訳すと同じ意味になるはずなのに、いまいち話が伝わらなかったり、向こうの人が言っているジョークの何が面白いのかわからなかったりする。それは言語的な違いだけでなく文化の違いによるものだ。言語を知ることは文化を知ることでもある。

英語の文化を知るということ

その文化(あるいは言葉に対するイメージ)を知るために遊ぶことは大きく貢献する。

だからこそ日常の中で、英語を使って遊ぶことを進める。

英語のドラマや映画を見たり、テレビゲームをするのもいい。好きな小説があればそれを英語で読んでみるのも、簡単な洋書から始めてみるのもいいだろう。日常の中に英語を取り入れてしまうのだ。

いくら真面目に勉強を続けてきても、サボりたくなる日もあるだろう。この方法はそんな時にも利点がある。やる気が起きないときでも遊びの中で英語に触れることができる。日々の勉強の中で、または少し気分を変えたいタイミングで取り入れることができるのも利点の1つだ。

ひとつだけ最初の拒否反応と同じで勘違いしがちな点がある。これは遊びとか、楽しいという言葉に対するイメージによるものかもしれない。それは、「楽しいこと」が簡単だとか楽だという意味とイコールではないということ。

 

ゲーム一つをとっても、重厚なストーリーを持つRPG(小説の様な物語を、主人公として体験できるゲーム)を英語でプレイすれば、今まで勉強してきた書物よりずっと難しい英語が待っているかもしれない。種族間の対立やその世界の政治、歴史の話をいきなり全て英語で理解するためには相当広い語彙が必要になるだろう。

これはドラマや映画にも当てはまる。弁護士の物語でいきなり法廷で法律の専門的な話をされても何のことかわからないかもしれない。小説やいわゆる洋書も専門的な要素の多い難易度の高いものに挑戦するとまったく歯が立たないかもしれない。

しかし今まで経験したことのない経験が、あなたに新しい力をつける。次第に言葉に対するイメージが積み重なっていき、言葉の理解力を少しずつ向上させる。

生活に取り入れる

簡単なものから、少しずつ取り入れていくことをお勧めする。そうして英語で何かをすることに慣れていけば、少し難度の高いものに挑戦できたり幅が広がってくる。

英語圏の人たちがどんなときにどんな言葉を使うのか、相槌や反応はどういったものが自然か、身の回りには何があるのか、どういったことを考えているのか、何を食べているのか、多くの文化を知っていくことによって英語がより身近になる。
私はKindleで洋書を読むが、英語の辞書などが複数内蔵されており、単語に触れるだけで意味を引いてくれるためとても便利だ。他にもNETFLIXで洋画を見たり、英語のゲームを楽しんだり、もはや日々の生活の中に完全に入り込んでいる。

何か自分の興味のあることを日常の中で実践してみよう。

小さいことから始めてそれを続けていく。英語が日常の中に自然とある、そんな日々を過ごす第一歩となるだろう。

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